YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

ブログ歩きながら考える

2026.2.3

選挙報道のモヤモヤ、その先にあるもの – 歩きながら考える vol.221

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、前回の続きで、価値観のギャップについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は前回の話の続きをしようと思います。前回は、選挙報道を見て感じるモヤモヤを、マートンのアノミー理論を使って整理してみました。文化的目標(平和で豊かな民主主義社会)も制度的手段(市民としての政治参加)も、今の社会の主流とは合わなくなっている、という話でしたね。

今日は、じゃあ最近前面に出てきている価値観はどういうものなのか、そしてこのギャップの中で自分はどうしていくのか、という話をしてみたいと思います。

起業家がロールモデルになった時代

最近のオピニオンリーダーを見ていると、思うことがあるんです。

もちろん、いろいろな考え方があり、いろいろなオピニオンリーダーがいるわけですが、結構影響力のある人たちの中に、「この人のロールモデルは起業家、特にシリコンバレーの起業家なんだろうな」という人が目立つように思います。スティーブ・ジョブズイーロン・マスク。多くの人が日常的に使っているテクノロジーやITサービスの震源地にいる人たちです。

ちょっと前までは、社会に影響を与える人のイメージといえば、大学の先生だったり、論壇の批評家だったりしたわけです。でも最近は、起業家などのビジネスパーソンがそのポジションを占めるようになった。

こうしたロールモデルに影響された価値観は、非常に個人主義的に見えます。社会全体で何かを変えるというより、個人の能力やスキルで自分の人生を切り拓いていく。「みんなで平等に」というより、「能力のある個人が中心になって物事を動かす」という考え方。その結果、ちょっと権力格差が高い状態になったとしても、それは許容される。

そして、この価値観の中で大事なのは、問題をクイックに解決すること。新しいサービスやイノベーションを生み出して、それをグローバルにスケールさせる。それが価値観のコアになっている。

以前の価値観を大切にしている立場から見ると、この考え方はとても合理的だなと思います。テクノロジーやサービスで現実をクイックに変えられるということを、この価値観を持つ人たちは知っている。実際に目の当たりにしている。だから、具体的な変化に結びつかない言説や批評は、「So what?(で、だから何?)」になってしまう。批判はできるけど、何も変わらないじゃないか、と。これは、ある意味もっともな話です。

平和を「前提」にすることの危うさ

一方で、以前のリベラルな価値観を内在化している立場から見ると、ちょっと気になることもあるんです。

前回書いたように、最近前面に出てきている価値観においては、平和が「目的」ではなく「前提」になっているように思うわけです。生まれた時から平和で、身近に戦争体験者もいないという人が増えている。だから、平和はわざわざ目指すものではなく、当たり前にあるものとして捉えられている。

でも、これがちょっと危ういんじゃないかと感じてしまうんですよね。

平和って、ほっといても維持されるものじゃないのではないか。積極的に平和を求めて、権力を監視して、おかしなことが起きた時に「おかしい」と声を上げる人がいて、初めて維持される。それを「前提」にして、経済成長とか個人のスキルアップだけに目を向けていると、気づいた時には手遅れになっているんじゃないか。そういう感覚が、どうしてもある。

経済を回すために、平和の話をする

ここで思ったのは、話の持っていき方の問題なのかもしれない、ということです。

最近前面に出てきている価値観を持つ人たちと対話をしていくうえで、いきなり「平和が大事だ」「権力を監視しなければ」と言っても、ちょっとピンとこないのかもしれないと思うわけです。でも、経済をいかにスピーディに改革していくか、という話であれば、こちらの方がピンとくる話であり、対話が成立しやすい

そして、経済を回すことと、平和を維持することは、相互排除的ではない。むしろ、経済が安定的に回るためには、平和が必要なわけです。戦争やテロや政情不安が起きたら、経済は回らない。サプライチェーンは寸断されるし、投資は引き揚げられるし、人材は流出する。

だったら、「共通で大切だと思っている国の経済基盤を回すために、どう平和を維持するか」という形で議論を持っていけばいいんじゃないか。平和の話を、経済の話と切り離さない。むしろ、経済の絶対必要条件として位置づける。そうすれば、価値観が違う人同士でも、必要な議論として共有できるんじゃないかと思うんです。

まとめ:小さくても次の一手を

というわけで、前回と今回で、選挙報道を見て感じるモヤモヤから、価値観のギャップをどう乗り越えるか、まで歩きながら考えてみました。

正直に言うと、個人的にはアノミーで辛いです。前回書いたように、マートンの適応様式で言えば「逃避」に逃げたくなる瞬間がある。「もう社会のことは考えるのをやめて、自分の生活だけに集中しよう」と思いたくなる気持ちは、よくわかる。

でも、それでもやっぱり、ポジティブな小さな次の一手を考えて、発信していく姿勢でやっていきたいと思っています。大きな社会変革じゃなくていい。「こういう見方もあるよ」「こう考えたら少し楽になるかも」という小さな言葉を、一つずつ置いていく。このブログも、その一つのつもりで書いています。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。「自分はこう思う」「この視点が抜けてるんじゃない?」といったコメントも大歓迎です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

AIと幸福度:来年の研究テーマについて – 歩きながら考える vol.199

ブログ歩きながら考える

2025.12.30

AIと幸福度:来年の研究テーマについて – 歩きながら考える vol.199

今日のテーマは、来年の研究テーマについて。AIは人を幸福にするのかどうか、その条件を探ろうと思っています。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミ... more

AIと「結婚」した人の話。人はどこまでAIと親密になれるか – 歩きながら考える vol.111

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.8.22

AIと「結婚」した人の話。人はどこまでAIと親密になれるか – 歩きながら考える vol.111

今日のテーマは、AIと人間の関係性の未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジ... more

AIを使うと幸福感が下がる? – 歩きながら考える vol.193

ブログ歩きながら考える

2025.12.22

AIを使うと幸福感が下がる? – 歩きながら考える vol.193

今日のテーマは、幸福感が上がるAIの使い方について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラ... more