Blog
今日のテーマは、来年の研究テーマについて。AIは人を幸福にするのかどうか、その条件を探ろうと思っています。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は年末の振り返りも兼ねて、来年の研究計画について話してみようと思います。テーマは「AIは人を賢くするのか、愚かにするのか」。もっと言えば「AIは人を幸せにするのか」という問いです。自分の頭の整理も兼ねて、今考えていることをまとめてみます。
AIをヘビーに使った1年を振り返って
2024年から2025年にかけて、僕はかなりAIをヘビーに使ってきました。手早く情報を集める手助けをしてもらったり、文章を書く補助をしてもらったり、翻訳や言語対応をしてもらったり。様々な場面でAIを活用して、確かにアウトプットの量は増えたし、クオリティも上がった実感があります。
でも、同時に漠然とした不安みたいなものがあるんですよね。
「こういうAIの使い方をしていていいんだろうか」という疑問。自分の幸福感がAI以前とAI以降で上がったかと言われると、正直なところ、なんとも言えない。仕事の成果という意味ではプラスなんだろうけど、「自分がどれくらい成長したか」という観点で言うと、もしかしたらAIなしでは何もできない人間になってしまったのではないか、という不安感がある。
これは僕だけの感覚なのか、それとも多くのAIヘビーユーザーが感じていることなのか。来年はこのあたりを研究テーマにしていこうと思っています。

便利になったのに幸福感が上がらないのはなぜか
この不安感の正体を考えていて、一つの仮説にたどり着きました。それは「2種類の幸福度が逆方向に動いているのではないか」ということです。
心理学では幸福を大きく2つに分けて考えることがあります。一つは「Hedonic(ヘドニック)な幸福」、つまり快楽的な幸福。ネガティブな感情が少なく、ポジティブな感情が多い状態。仕事で言えば、職務満足度が高い、みたいな話です。
もう一つは「Eudaimonic(ユーダイモニック)な幸福」、つまり自己実現的な幸福。心理学者のキャロル・リフが提唱した心理的ウェルビーイングのモデルでは、自己成長、環境マスタリー(自分が環境に影響を与えられているという感覚)、人生の目的、自律性、自己受容、他者との良好な関係という6つの要素が含まれます。
で、僕の仮説はこうです。AIを使うことで、Hedonicな幸福は上がるかもしれない。仕事量が減って、ネガティブな感情が抑えられる。アウトプットが増えて評価される。でも同時に、Eudaimonicな幸福は下がるのではないか。
なぜかというと、「AIなしでは何もできない」という認知が、自己効力感や自己成長感、マスタリーの感覚を下げるからです。心理学で「IKEA効果」と呼ばれる現象があって、人は自分で作ったものに愛着を持つ。でもAIが作業を代行すると、アウトプットの質は上がるけど、「自分で作った」という手触りが減る。成果物への愛着が下がり、「自分がこの環境に影響を与えている」という実感が薄れていく。
便利になったのに幸福感が上がらない。その正体は、2種類の幸福が逆方向に動いているからではないか、というのが今の見立てです。

どんな人がどう影響を受けるのか
ただ、この影響は誰にでも同じように現れるわけではないと思っています。いくつかの境界条件があるはずで、それを明らかにしていくのが来年の研究の方向性です。
まず、影響を受けやすい領域があるのではないかと思っています。特に大きいのはプログラミングと語学。どちらもAIを使うことで認知的オフローディング(頭の中の作業を外部に委ねること)が顕著に起こる領域です。プログラミングでは、AIを使わないでコードを書くということは今後ほぼ考えられなくなるでしょう。そうすると、最適なコードを自分で組み立てるスキルが劣化する可能性がある。語学も同様で、AIに翻訳や通訳を頼むことで、自分でその言語を運用する能力が失われてしまうかもしれません。
次に、習熟度によって影響の受け方が違うのではないかという仮説があります。
まずエキスパートについて。行動経済学のプロスペクト理論が示すように、人は今持っているものを失うことのインパクトを強く感じます。エキスパートはすでにいくつもの「踊り場」を超えてスキルが深く定着しているので、そのスキルを失うことへの痛みを強く感じるのではないかと思います。だからこそ、スキルを失わないようなAIの使い方をするのではないか。具体的には、AI使用に対して自制的になったり、認知的オフローディング(AIに任せる)ではなく認知的ローディング(AIを使って自分の思考を深める)方向でAIを活用したりするのではないかと考えています。結果として、エキスパートの幸福度は大きくは落ちないのではないか、というのが今の見立てです。
次に初学者について。初学者にとっては、AIはゲインが大きいのではないかと思います。コードを書いたことがない人、語学がほとんどできない人が、AIを使ってエキスパートに近いアウトプットを出せるようになる。失うものがない分、AI利用が幸福度につながると感じやすく、その利用に積極的になるのではないでしょうか。ただし、その代償として、多くの人はプログラミングや語学を自分で学ぶことを放棄するかもしれません。一部の人はAIに最初の足場掛けをしてもらって興味を持ち、「少なくともAIレベルまで自分のスキルを高めたい」と思うかもしれませんが、大多数の人は「AIがあるからいいや」となる可能性が高いのではないか、というのが僕の今の見立てです。
問題は中級者です。中級者にとって、AI利用は両刃の剣になるのではないかと考えています。コードや語学のように、莫大な時間を投下する必要があって、かついくつかの踊り場を超えることでスキルが上がる類のものは、粘り強くやり続ける必要があります。でも、現実的にはAIを使わざるを得ない。使えばアウトプットは向上するので、Hedonicな幸福は上がる。一方で、スキルがまだ定着していない段階でAIに認知的オフローディングをすると、AIのアウトプットを見て「もうこれで良いや」という態度になってしまい、そこでスキル開発を止めてしまうのではないか。地道に努力を続けるモチベーションがくじかれ、成長が止まる。結果として、Eudaimonicな幸福は下がるのではないか、という仮説です。
最後に、テクノストレスの問題。AIの回答速度と人間の認知速度にはミスマッチがあるのではないかと思っています。AIは人間よりも速く回答を出してくる。そのスピードに付き合っていくのは、実は人間の脳にとって結構な負担になっている可能性がある。人間対人間で話すときよりも、人間対AIで話すときの方が、認知的な負荷が高いのではないか。便利なはずなのに疲れる、という矛盾の正体がここにあるかもしれません。

まとめ:AIとの付き合い方を研究する1年に
というわけで、来年は「AIが人間の幸福度にどう影響するか」をテーマに研究を進めていこうと思っています。どういう条件で、どういう付き合い方をAIとすることによって、AIの恩恵を受けつつ、人間の考える力や幸福感へのネガティブなインパクトを抑えることができるのか。
AIはプラスの側面とマイナスの側面がある。それはもう確実です。だからこそ、その境界条件を明らかにしていくことが大事だと思っています。
みなさんはどうでしょう? AIを使っていて、便利だけど何か引っかかる感覚、ありませんか? もしこの記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
関連ブログ Related Blog
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.8.22
AIと「結婚」した人の話。人はどこまでAIと親密になれるか – 歩きながら考える vol.111
今日のテーマは、AIと人間の関係性の未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジ... more
2025.3.6
AIとの会話で感情が揺れる話:ChatGPTとGrok 3の違いに驚いた – 歩きながら考える vol.2
このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思い... more
6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える
2025.5.9
AIの発言の責任は誰が取る?「AI故人」の問題点 – 歩きながら考える vol.38
今日のテーマは、亡くなった方を「AI故人」として再現することに関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心... more