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今日のテーマは、AIが教育をどう変えるか、そしてなぜそれが思ったほど進まないのか、について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は散歩しながら、最近の日経新聞の記事から考えたことを話してみたいと思います。2026年2月26日の記事で、こども家庭庁の調査によると小中高生の3割が生成AIを利用しているそうです。
この「3割」という数字、みなさんはどう感じますか? GPT-4が出たのが2023年の3月で、あの時「これは人間が何かを学ぶということ自体が大きく変わるな」と感じたんですよね。あれからもう3年近く経っていて、それでもまだ個人利用で3割。ということは、学校として組織的にAIを活用しているところなんて、ほとんどないんだろうなと想像してしまうわけです。
AIが変える「学び」の可能性
じゃあAIが教育に対して何ができるのかというと、実はもう足元でかなりのことが動いていますね。
たとえば日本では、「atama+(アタマプラス)」などのAI教材が全国の塾・予備校で活用されているそうです。AIが生徒一人ひとりの理解度を分析し、苦手なところは中学の範囲まで戻って個別カリキュラムを自動生成する。先生は教科指導をAIに任せて、コーチング——目標設定や面談、進捗管理、励まし——に集中する。「AIがティーチング、人間がコーチング」という新しい役割分担が、すでに現場で回っています。
海外に目を向けると、アラブ首長国連邦(UAE)は国を挙げてAIチューターの開発を進めているそうです。アメリカではKhan Academyの「Khanmigo」が、答えを直接教えるのではなくソクラテス式の問答——問いかけを通じて生徒自身に考えさせる——という設計で注目されています。AIが「答えを肩代わりする」のではなく、「考える力を鍛える道具」として機能する方向性ですね。
しかもこれは基礎学力の話にとどまりません。大学・大学院レベルの高等教育で求められるような高度な思考力の訓練にも、AIは対応できる。たとえばフランスの大学入試で課されるディセルタシオンという論述試験では、ある命題に対して賛成と反対の両面から論じた上で自分の見解を統合することが求められます。アメリカの大学で重視されるロジカルなエッセイの構成力も高度な思考力を求められます。こうした「ただ知識を覚える」のとは次元の違う思考訓練に対しても、AIは試験官にも、コーチにも、壁打ち相手にもなれる。一人ひとりが書いた文章に対して、その場で具体的なフィードバックを返すことだってできる。
かつてこういうことは、富裕層の一部の人だけが、優秀な家庭教師を雇うような形でしか実現できなかった。それが今、あらゆる子どもに届けられる可能性がある。こういう教育環境がAIで実現する未来は、もう容易に想像がつくんですよね。
なのに、日本の現実は数年経って個人利用で3割。学校単位ではほぼ手つかず?という状況が透けて見える。このスピード感が気になるわけです。

なぜ進まないのか——教育という「複雑系」
教育にAIを組み込むのが難しい一つの理由は、関わる人が多様で、それぞれの考え方やインセンティブもまた多様だからだと思います。
子どもがいて、親がいて、教師がいて、学校の管理職がいて、教育委員会がいて、EdTech企業がいて、政治家がいる。それぞれに「教育はこうあるべきだ」という考えがあり、AIに対する期待も懸念も違う。教師には「教える役割がAIに取って変わられる」という不安があるかもしれないし、親には「子どもがAIに依存して考えなくなるんじゃないか」という心配があるかもしれない。一方でEdTech企業には目先の商売があり、政治家には政策実績を示したい動機がある。
このステークホルダーのインセンティブ構造が複雑に絡み合っているところに、全体施策として一気に突っ込むとどうなるか。韓国の事例は示唆に富むかもしれません。韓国は2025年、AIデジタル教科書(AIDT)を国家プロジェクトとして全国導入したそうです。しかし、導入からわずか数カ月で教師の大多数が反発。技術的な不具合も重なり、国会で「教科書」から「教育資料」に格下げされる事態になったとのこと。現場の教員をはじめとする多様な関係者の考えを丁寧に見ないとうまくいかないという事例のように見えます。

民間が先に走る構造
一方で、民間の方が先に進みそうだという話もあります。
理由はわかりやすくて、塾や予備校には「受験」という明確な目標があるから。AIを使って成績が上がるなら導入する、上がらないなら使わない。この評価軸がシンプルだから、効果検証も早いし、意思決定も速い。先ほどのatama+やKhanmigoのような事例が民間から出てきているのは、偶然ではないと思います。
公教育は公教育で、GIGAスクール構想による1人1台端末の配備という重要な基盤整備が進んでいる。ただ、「個別最適化された学び」を先に走らせるのは、おそらく民間セクターなんだろうな、と思います。
というわけで、今日は日経新聞の「3割」という数字から、AIが教育に持つ大きな可能性と、その社会実装がなぜ難しいのか、そして民間から始まる変化の兆しまで、歩きながら考えてみました。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしていただけると励みになります。「うちの子もAI使ってるよ」とか「こんな事例知ってるよ」みたいな話があったら、ぜひコメントで教えてください。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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