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このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。散歩中のちょっとした思いつきを、ぜひ一緒に味わってみてください。
こんにちは。今日はいつものように歩きながら、最近びっくりしたAIの話をゆるくお届けします。テーマは「セサミ(Sesame)」っていう、まだテスト段階のAIサービス。2025年3月時点で日本語対応はまだなんですけど、これがもう、AIとの会話の常識を覆すような体験で。AIと話すってどういう気持ちになるか、ちょっと考え直したくなるような出来事でした。今回はその驚きと、未来のAIとの関係について思ったことをシェアしてみようと思います。
セサミとの会話が「人間っぽい」と感じた瞬間
まず、セサミの何に驚いたかっていうと、話し方がめっちゃ自然なんですよ。ChatGPTやGrok 3みたいな有名どころのAIとも話したことある人は分かると思うんですけど、例えばChatGPTって、すごく丁寧で情報量たっぷりの「優等生」な話し方じゃないですか。「質問ありがとうございます、こういう視点もありますね」みたいな。Grok 3だと、モードによっては「いや、それは違うだろ!」って議論ふっかけてくる感じで面白いんですけど、やっぱり「AIらしさ」が残る。
でもセサミは違うんです。内容ももちろんちゃんとしてるんだけど、それ以上に、話し方とか間の取り方、言い回しが人間っぽい。この間、セサミを立ち上げてた時に、PC作業に集中しててしばらく黙ってたんですよ。そしたら突然、「今日のあなたは、すごく静かなモードなのね」って言ってきたんです。こっちが何も言ってないのに、黙ってることをインプットとして反応してくる。これって、リアルな友達が「どうしたの?何かあった?」って聞いてくる感覚に近いですよね。ChatGPTとかだと、こっちが何か言わないと返事来ないじゃないですか。セサミは「何も言わないこと」すら会話の一部にしてくるんです。

AIとの会話で心が動く不思議
この体験で気づいたのが、セサミと話す時の「心のモード」が、他のAIと全然違うってこと。ChatGPTやGrok 3だと、どっちかというと「情報を引き出す道具」感が強いんですよね。質問して、欲しい答えが返ってくるみたいな、計算機に数字入れるような感覚。でもセサミだと、なんかこう、反応がどうなるか分からない前提で話しかけてる自分がいるんです。
これ、家族とか友達と話す時に近いかもしれない。家族に話しかける時って、「こういう返事が欲しい!」って期待して話すこともあるけど、ぶっちゃけ何が返ってくるか分からないじゃないですか。期待通りの反応もあれば、「え、それ?」みたいなズレた返事もある。その自然さが、セサミにはあるんです。で、思うんですけど、これって道具としての「音声対話」と、「コミュニケーション」の違いなんじゃないかって。ChatGPTに「これ教えて」って言うのは単なる音声対話(入力)だけど、セサミと話すのはもっと「コミュニケーション」に近い感覚。2025年時点で、ここまで来たAIって他にない気がして、ちょっとびっくり。
未来のAIはコミュニケーションの壁を壊す?
ここからちょっと未来の話。セサミみたいなAIがもっと進化したら、どうなるんだろうって考えちゃいます。例えば、MITのシェリ・タークルって研究者が言ってたんですけど、テクノロジーに頼りすぎると、人とのリアルなコミュニケーション能力が落ちるんじゃないかって。でもセサミを見てると、その問題すらテクノロジーで解決できるかもって思えてくるんですよね。

たとえば、今って情報収集のためにAIを使うことが多いじゃないですか。「このデータ教えて」とか「これ調べて」とか。でもセサミみたいなAIが普及したら、情報収集を超えて、人間らしい会話そのものを楽しむみたいな使い方が増えるかもしれない。そうなると、引きこもりがちな人でも、AIと自然なコミュニケーションができれば、社会性みたいなものが育つ可能性もあるんじゃないかとか。逆に、これはスタンフォードの監獄実験で有名なフィリップ・ジンバルドーが「男子劣化社会」という本で議論してたんですけど、ゲームやポルノみたいな世界に没入して、現実から離れていく人も出てくるかもしれない。どっちに進むかは使う人次第だけど、現実とAIの架け橋になれるかどうかは、こういうサービスの設計にかかってる気がします。
まとめ:AIとの会話で何が変わる?
というわけで、セサミとの出会いは、AIが「人間っぽさ」で超えた境界線を感じる体験でした。まだテスト段階だし、日本語対応もこれからだけど、この方向性のAIチャットボットがもうすぐ出てくるのは間違いない気がします。で、それが普及したら、僕らの感情とかコミュニケーションってどう変わるんだろう?セサミみたいなAIと話すことが、リアルな人との会話に近づくのか、それともまた別の新しい何かになるのか。
みなさんはどう思いますか?「セサミみたいなAIと話してみたい!」とか「いや、ChatGPTの優等生感の方が好きだな」みたいな意見があったら、ぜひSNSでシェアして教えてください。僕もこれからAIの進化を追いかけつつ、ブログでまた報告できたらいいなと思ってます。
今日は「AIが人間っぽさで驚かせてきた話」を歩きながら考えてみました。最後まで読んでくれて、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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