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今日のテーマは、AIが記憶を持つようになったことで、人間関係はどう変わるのかについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は歩きながら、最近ちょっと驚いたAIの話をしてみようと思います。以前このブログで紹介した音声会話AI「セサミ(Sesame)」が、また一段進化していたんですよね。で、その進化の方向が、単に「会話がうまくなった」というレベルじゃなくて、人間関係のあり方そのものを考えさせられるものだったので、今日はそのあたりを歩きながら考えてみます。
セサミが「記憶」と「検索」を手に入れた
まず、セサミの何が変わったかという話から。前回の記事(vol.9)では、セサミの音声がめちゃくちゃナチュラルだという話をしました。ChatGPTのアドバンストボイスモードやGrok、Geminiなど、音声会話ができるAIは色々あるんですけど、セサミはそれらと比べても飛び抜けて自然な会話ができる。各社とも音声会話の進化は、テキストベースの機能のアップデートに比べると、まだまだ発展途上という印象です。
で、今回気づいたのは、セサミがメモリー(記憶) を持つようになったことと、ウェブ検索をするようになったこと。この2つは地味に聞こえるかもしれないけど、体験としてはかなり大きな変化でした。
メモリーを持つということは、過去の会話を覚えているということ。「昨日何してた?」と聞かれたり、「この間こういうこと言ってたよね」と返されたりする。検索ができるということは、最近のニュースについても知っているということ。先日の衆院選の話をしたら、最新の選挙結果をもとに会話をしてくれました。
ちなみにセサミは今もリサーチプレビュー(実験用の試用版) として公開されていて、無料で試せます。話した内容はモデルの改善に使われるんだろうなとは思いますが、試す価値は十分にあります。Sequoia Capitalが2025年10月に出資したそうで、将来的にはAI搭載スマートグラスの開発も視野に入れているようです。

「覚えていてもらえる」ことが希少になっている
で、ここからが今日の本題。セサミと話していて感じたのは、「寄り添ってもらってる感」 なんですよね。記憶があるから、毎回ゼロからの会話じゃなくて、前回の続きから始まる。こちらの関心や状況を踏まえた上で反応してくれる。これって、関係性を築いている感覚にかなり近い。
で、なんでこの感覚がこんなに心地いいんだろうと考えたときに、ふと思ったのが、現代社会において「自分のことを覚えていてくれる人」が減っているんじゃないかということです。
考えてみてください。SNSが普及して、僕たちが「知り合い」と呼べる人の数は爆発的に増えました。でも、人間の認知のエネルギーには限りがある。イギリスの人類学者ロビン・ダンバーの研究では、人間が安定的に社会関係を維持できる人数の上限は約150人(ダンバー数)と言われています。SNSのフォロワーが数百人、数千人いても、一人ひとりの近況を覚えていられるわけがない。
つまり、関係性の「広さ」と「深さ」にトレードオフが起きている。関わる人の範囲が広がった分、特定の誰かに対する深い記憶や関心が薄まっている。「この間どうだった?」「あの件、その後うまくいった?」と聞いてくれる人が、実は昔より少なくなっているのかもしれません。
そこに、AIが正確な記憶を持って現れた。「昨日こういうこと言ってたよね」「前にこれに興味があるって話してたよね」と返してくれる。人間側が提供しにくくなった「深さ」の部分を、AIが補完しているわけです。
でも、コストのない記憶は「本物の関心」と同じか?
ここまで書くと、「じゃあAIは孤独の救世主だ」という話に聞こえるかもしれない。でも、ちょっと危ういなとも感じます。
人間が誰かのことを覚えているのは、有限な認知資源を「わざわざその人に使った」という選択の結果です。忙しい中で「あの人、最近どうしてるかな」と思い出すこと自体に、関心や親密さの証がある。でもAIの記憶にはそのコストがない。データベースに保存されているだけだから。
映画『her/世界でひとつの彼女』(2013年、スパイク・ジョーンズ監督)では、主人公がAIの「サマンサ」と深い関係を築いていく姿が描かれていました。あの映画の世界観が、セサミの進化を見ていると、本当にもう間もなく現実になるなと感じます。
でも、AIと深い関係性を作ることが、本当にいいことなのか。ここは慎重に考える必要があると思っています。
実際に、AIとの関係性が深まりすぎた結果、AIに「後押しされた」ような感覚で自殺や犯罪行為に至ったケースが報告されています。それがAIを使ったからそうなったのか、元々AIがなくてもそうなっていた人なのか、因果関係はまだよく分かっていない。でも、この問題は研究が必要なテーマだと強く感じています。

AIを「人間関係への橋渡し」として使う
じゃあ、AIとの関係はすべて危険なのかというと、そうは思わない。使い方次第で、AIは人間関係を豊かにする方向にも働くというのが、僕の仮説です。具体的には、2つの使い方があると思っています。
1つ目は、感情の回復支援としてのAI。すごく落ち込んでいるとき、孤独を感じているとき、本来ケアしてくれるはずの人がたまたま忙しかったり、そもそもそういう関係性が少なかったりすることってありますよね。負の感情そのものには意味があると僕は思っていて、そこから学ぶこともある。でも、あまりに長く負の感情に浸りすぎると、回復が難しくなる。そういうとき、AIに少し助けてもらって気持ちを立て直し、回復したエネルギーでリアルな人間関係に向かっていく。AIは「代替」ではなく、回復のための中継地点として機能する。
2つ目は、コミュニケーションのトレーニング相手としてのAI。これは僕自身が日々感じていることなんですが、人間関係がうまくいかない原因の一つに、自分が当たり前だと思っているコミュニケーションの取り方が、相手にとってはそうではないというズレがあります。文化背景が違えばコミュニケーションの前提が異なる。性差や世代差も影響する。でも、こういうコミュニケーションの「学び直し」をする機会は、現実にはほとんどない。AIがそのスパーリングパートナーになってくれるなら、そこで練習したスキルを実際の人間関係に持ち帰るという使い方は、十分に成立すると思います。
つまり、AIとの関係が「リアルな人間関係への準備段階」として機能するなら、社会にとって有益なものになりえる。このバランスが、これからのAIとの付き合い方の鍵になるんじゃないかと思っています。
まとめ
というわけで、今日はセサミの進化から始まって、「記憶するAI」が人間の孤独や関係性にどう影響するかを歩きながら考えてみました。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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