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ブログ歩きながら考える

2026.2.20 NEW

昔、歯医者で泣き寝入りした私が、AIで「対話できる患者」になった話- 歩きながら考える vol.233

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIが専門家と素人の関係をどう変えるか、という話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日はちょっと、歯医者に行った話から始めます。「歯医者の話?」と思うかもしれませんが、ここから結構深いところに行きますので、お付き合いください。

30代の僕は「先生にお任せ」しかできなかった

先日、急性歯髄炎になりました。人生3回目。歯の神経にばい菌が入って激痛が走るやつで、夜、本当に寝れない。

前回なったのは30代前半。東京の飛び込みの歯医者で、問答無用で抜歯されました。前歯だったのでブリッジにしたら、両脇の健康な歯まで削ることになり、結局それもダメになってインプラントに。今でもあの処置は失敗だったと思っています。

でも当時の僕には対話のしようがなかった。どういう処置の可能性があるのかわからないから、先生に「こうですね」と言われたら「お願いします」と言うしかない。これはパターナリズム(父権的関わり)と呼ばれる典型的な関係性です。情報を持つ医師が決定を下し、患者はそれに従う。

AIと過ごした眠れない夜

今回は違いました。痛みで眠れないので、夜中ずっとAIと対話していたんです。症状を伝えたら、考えられる原因と応急処置の選択肢を教えてくれた。ロキソニンカロナールは作用機序が違うから組み合わせが有効なこと、冷やすと血管が収縮して神経への圧迫が軽減されること、手元にあった抗生物質の扱い方まで、かなり具体的なアドバイスをもらえました。

翌日、歯医者で。今度はAIと話していたおかげで、自分の歯に何が起きているかの見当がついている。レントゲンの結果を聞いた後も、「こうじゃないですか」「こういう可能性もありますか」と対話ができた。納得した上で治療方針を受け入れられた。30代のときとは全然違う体験でした。

「先生にお任せ」から「一緒に最善を探る」へ

この体験から思ったのは、AIが専門家と素人の間を取り持ってくれる時代になったということです。

こうした「情報を得て、自分のケアに積極的に参加する患者」をe-Patientと呼ぶそうです。”e”は “electronic” だけでなく “equipped(装備された)”, “empowered(力を得た)” という意味も込められているとのこと。めっちゃいいですね。AIの登場で、このe-Patientが一気に身近になった。

専門家の側も変わります。医学知識は論文として公表されていて、1人の医者が読める数には限りがあるけど、AIにはその制約がない。知識量ではAIの方が上ということすらあり得る。となると、医者が上から診断して処方するのではなく、知識レベルの上がった患者と共に最善の解を探る関係になっていく。これを共同意思決定(SDM)と呼ぶそうです関係性は「先生と生徒」から「プロのガイドと装備を整えた登山者」へ。これは医学だけでなく法律やコンサルティングなど、あらゆる専門領域で起きることだと思います。

でも、「AIにお任せ」になったら元の木阿弥

一方で気になるのは、AIの知識量が圧倒的であるがゆえに、患者がAIに強く依存してしまうことです。日本の社会保障コストを考えれば、医療の一部をAIに任せてコスト削減する方向もあり得る。でもそのとき、「先生にお任せ」が「AIにお任せ」に変わるだけだとしたら、パターナリズムの相手がAIに移っただけで構造は同じ。いわゆる、デジタルオートクラシー(デジタル専制)です。AIが巧妙に間違ったとき「本当にそうか?」と問い返せる人がどれだけいるか。

だからこそ、人間の専門家の役割は再定義が必要です。触診や手技は当然人間に残る。でもそれ以上に大事なのは、AIと患者の間に立ってバランスを取ること。AIの間違いを検出し、患者個別の文脈に合わせて調整する。その相手はもう「何も知らない素人」ではないから、父権的な関わりではなくガイド的な関わりになる。

結局、AIが変えるのは医者と患者の関係性だと思います。父権的関わりの時代が終わり、共同意思決定の時代が来る。ただし、その途中でAIへの新たな依存を生まないこと。そのバランスを取れるかどうかが、これからの大事な問いになるんじゃないでしょうか。

というわけで、今日は歯医者の話から、AIが専門家と素人の関係をどう変えるかについて考えてみました。痛みで眠れない夜にAIが助けてくれたという体験そのものが、時代の変化を象徴しているような気がしています。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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