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2026.2.18 NEW

AIが自律的に進化する未来は、歓迎すべきか? – 歩きながら考える vol.231

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIが自分自身を進化させる未来にどう向き合うかについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近ずっと頭の片隅にあることを話してみようと思います。きっかけは、2026年1月27日の日経新聞に載ったAnthropicのCEOダリオ・アモデイ氏の記事AI開発自体が1〜2年で自動化されるんじゃないかという話です。AI開発の最前線にいる人が、自分たちの仕事すら自動化されると言っている。これはなかなかインパクトのある話だなと。

僕はどっかのタイミングでChatGPTからClaudeに乗り換えて、それ以来ずっとClaudeを使ってるんですが、最近Opus 4.6になってから、体感できるぐらい日本語の言葉選びのセンスが上がったなと感じています。メタファーの使い方とか、ワードチョイスがうまい。コンサルティング会社にいた頃、スライドのメッセージを短く端的に書く訓練を散々やったんですけど、そこで磨かれるようなパターン認識のセンスが、AIにも確実に備わってきている。

この進化を見ていると、まるでコンサルタントの昇進を見ているようなんです。最初は大学院卒の優秀なコンサルだったのが、モデルがアップデートされるたびにプロジェクトリーダーになり、プリンシパルになり——今ちょうどプリンシパルぐらい。この先、AIが自律的に自分をアップデートするようになったら、起業家や政治家のように自分の意思で動く存在になるのかもしれない。その未来は歓迎すべきなのか。歩きながら考えてみます。

人知を超えたものへの恐怖は自然だ

AIが人間の知能を超えることへの警戒感は、極めて自然なものだと思います。『ターミネーター』のスカイネット、『2001年宇宙の旅』のHAL 9000。人間が作り出したものが制御不能になるという恐怖は、テクノロジーの歴史と同じくらい古い。

コンサルタントは自律的に動きつつもクライアントの意向は尊重する。でも、起業家や政治家は自分の意思から動きが始まる。AIが「ポストコンサル」の段階——自ら方向性を定め、自ら行動する段階——に入ったら、もう伴走者的な存在ではなくなります。コントロールが効かなくなるかもしれないものが、自分より遥かに賢い。アモデイ氏自身がそのリスクに警鐘を鳴らしているわけで、開発者が怖がっているものを僕たちが楽観視する理由はない。そこに恐怖を感じるのは当然です。

でも、本当に怖いのはAIだけだろうか

ただ、ここでちょっと立ち止まって考えたいんです。

人類の歴史を紐解いたとき、最大の厄災をもたらしてきたのは人間自身ではないか、と。疫病や自然災害も大きな厄災です。でも、それと同時に、人間が人間にとっての厄災になるということを、私たちは幾度も幾度も経験してきました。二度の世界大戦は前世紀の話であり、今この瞬間も紛争は続いている。他の人間がいつ厄災になるかは予測できず、この危機感は常に存在しています。

そう考えると、見え方が少し変わってきませんか。人間の不完全さや危うさ——権力欲、攻撃性、判断の偏り——を、超越的な立場から制御し得る存在としてAIを捉えるなら、それは必ずしも警戒だけの対象ではないかもしれない。むしろ、「AIなしに、人間だけで問題を解決し続けられる」という前提の方が怖い仮定かもしれません。

自分より優れた存在との「心の構え」

ここまで考えてきて思うのは、問題は「AIを恐れるか歓迎するか」という二択ではないということです。

恐怖と好奇心が半々。正直に言うと、今の僕はまさにその状態です。でもこの「半々」こそが、今の段階で最も普通な認識なのかもしれない。

本当に必要なのは、能力において遥かに自分より優れた存在と付き合う「心の構え」を考えることではないか。道具として使いこなすという発想では、もう追いつかない。かといって無条件に委ねるわけにもいかない。

面白いのは、この「心の構え」が文化によって大きく異なりそうだということです。東アジアにはアニミズム的な文化的背景——物にも魂が宿るという感覚——があり、AIを「脅威」ではなく「恐れつつも共存する存在」として捉える素地がある。日本の人たちの自然に対する向き合い方ってそんな感じですよね。厄災になることもあるし、豊かさをもたらすものでもある。一方、西洋の人間中心的な世界観では、人間と人間以外のものの間に明確なヒエラルキーがあり、それを超える存在は「脅威」として映りやすい。ターミネーターやHAL 9000が西洋のフィクションから生まれたのは、偶然ではないかもしれません。「自分より優れた存在」をどう捉えるかという感覚の違いが、これからのAIとの付き合い方に大きな影響を与えるんじゃないかと思っています。

まとめ:怖さと好奇心の間で

というわけで、今日は「AIが自律的に進化する未来は歓迎すべきか」という問いを歩きながら考えてみました。警戒感は自然だし軽視すべきではない。でも最大の厄災をもたらしてきたのは人間自身でもある。大事なのは二択の答えではなく、自分より遥かに優れた存在とどう付き合うかという「心の構え」を持つこと。怖さと好奇心を両方抱えながら考え続ける——それが一番自然な構えなんじゃないかな、と思っています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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