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2026.2.6 NEW

AI時代、論文の「査読」は機能し続けられるか? – 歩きながら考える vol.224

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AI時代の学術論文の査読システムについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと気になったニュースについて考えてみようと思います。先日の日経新聞に「医学論文、13.5%にAIの痕跡」という記事が出ていて、これが自分自身の体験とすごく重なるところがあったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみます。

博士取りたてなのに査読依頼が殺到する

まずは僕自身の話から。僕は去年(2025年)3月に博士号を取ったんですけど、その前後くらいから、査読してくださいっていう依頼がどんどん来るようになりました。自分が投稿しているようなネイチャーポートフォリオ(Nature Portfolio)系の科学誌からも依頼が来るんです。

ちょっと変だなと思うじゃないですか。研究者として先輩方がたくさんいる中で、博士取ったばかりで、まだ通した論文は3本くらいしかない僕のところに、毎月毎月来る。

日経の記事でも、AI分野の著名な学会では投稿数が増えすぎて査読者が足りないという話が紹介されていましたが、まさに僕が経験していることそのものだと感じます。

これ、何が起きてるかっていうと、生成AIの登場で論文を作るスピードが劇的に上がっている。先行研究を調べるにも、分析のコードを書くにも、論文の体裁を整えるにも、AIを使うと爆速で論文が作れるわけです。結果として投稿数が急増し、査読者が全然足りなくなっている。だから博士取りたての僕のところにまで依頼が回ってくるということなんじゃないかと思ってます。

ここで心配なのは、査読者の質の低下という悪循環です。経験豊富な査読者だけでは回せないから、経験の浅い人にもどんどん査読が回る。すると査読の質が下がり、結果として公表される論文の質も低下しかねない。論文の生産側はAIで爆増しているのに、品質管理(査読)は人間のままという、このアンバランスが今の学術界で起きている構造的な問題なんだと思います。

「粗悪な論文の氾濫」は本当に起きるのか

日経の記事では、「粗悪論文」の増加が懸念されています。ドイツのテュービンゲン大学の研究チームが1500万件以上の生物医学論文を分析したところ、2024年の論文の少なくとも13.5%にAI利用の痕跡があったと報告しています。確かにこれは無視できない数字です。

ただ、僕はここでちょっと違う見方をしています。

研究者がAIに丸投げで論文を書かせるかというと、多くの場合そうはならないと思うんですよ。なぜかというと、レピュテーションリスクが大きすぎるから。「この人はチートする研究者だ」と認定されたら、もうそのあと学術界で生きていけない。研究者にとって信頼は命綱です。

だから、どちらかというと多くの研究者は、質を上げるためにAIを使っているんじゃないかと思います。英語科学論文らしい表現に直すとか、分析コードの確認とか、分析手法の妥当性チェックとか。AIを「チートの道具」ではなく「品質向上のツール」として使っている人の方が圧倒的に多いんじゃないかと思うんです。

もちろん、AIを悪用する人がゼロとは言いません。でも、そうした不正に対する制裁の仕組み、つまり「この人はこういう論文の書き方をする人だ」という履歴が透明に残る制度を整えれば、AIは適正な利用に収束していくのではないかと考えます。

英語の壁が取り払われた先に見えるもの

むしろ僕が注目しているのは、AIがもたらした「英語の壁」の解消という側面です。

英語ネイティブの研究者にはピンとこない話かもしれませんが、世界の研究者の多くは英語ネイティブではありません。中国、東南アジア、日本、中東、ラテンアメリカ、アフリカ。本当は優秀な研究をしているんだけど、語学の壁のせいでアウトプットのスピードが上がらなかった研究者たちが、たくさんいたはずなんです。

生成AIは、その壁を一気に取り払いました。自分の伝えたいことを英語科学論文にふさわしい表現に変換する。そのプロセスが劇的に効率化されたことで、科学の舞台に参加できる人数が大幅に増えた。これは「粗悪な論文の氾濫」ではなく、むしろ科学の民主化と呼ぶべき現象だと思います。

つまり、粗悪な論文も確かに増えるのかもしれないけれど、それは中長期的には大きな問題だとは思いません。それ以上に、現状の査読システムの方が問題だと思います。研究者の数が増え、言語の壁が取り払われ、一本あたりの論文生成スピードも上がる以上、一定の品質の論文の総数が増えるのは間違いない。そして、その増加した論文を人間だけで査読し続けるのは、もう限界に来ている。これが今の問題の本質だと思います。

査読システムをAI前提でアップデートする

じゃあ、どうすればいいのか。

僕は、査読システム自体をAI前提で再設計する必要があると思っています。具体的には、いくつかの段階が考えられます。

まず、査読の前段階でAIにフィルタリングさせること。体裁が整っているか、誤字脱字はないか、引用の仕方は適切か。こういった形式的なチェックは、これまで査読者がコメントしていたことも多かったんですが、正直それは査読者がやるべき仕事ではない。パラグラフライティングになっているか、ロジックが通っているかといった構造的なチェックも含めて、AIに任せた方がいい領域だと思います。

次に、非英語圏の査読者へのAI翻訳サポート。査読者がAIの翻訳支援を使って論文を読めるようになれば、査読者のプールが一気に拡大します。ただし、翻訳だけ読んで原文を読まないというのは、やはり査読者としての責任を果たしているとは言えない。最終的には原文を確認するという前提のもとで、AIのサポートを積極的に使う、という適切なシステム(基本は原文を読んでいくわけだけど、その理解をAIがサポートするツールを提供する、等)が必要でしょう。

そして、査読者はその領域の専門家としての本質的な判断に集中する。この論文の研究デザインは適切か、結論は妥当か、学術的な貢献があるか。そこにこそ人間の専門家の目が必要であって、形式チェックに時間を取られるべきではない。

論文の生産側がAIで変わった以上、評価する側もAI前提でアップデートしなければ、システムとして機能しない。AIを前提にした論文投稿とパブリケーションのシステムはどうあるべきなのか、検討が必要でしょう。

というわけで、今日は日経新聞の記事をきっかけに、AI時代の査読システムについて歩きながら考えてみました。ちょっとマニアックな話になりましたけど、科学の信頼性をどう守っていくかという問題は、結局のところ僕たち全員に関わる話だと思います。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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