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2026.2.4 NEW

知的生産の価値はAIに決められる? 研究論文の未来を考える – 歩きながら考える vol.222

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、前回の続きで、価値観のギャップについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も歩きながら、最近考えていることを話してみようと思います。テーマは、AI時代の研究について。もっと言うと、研究論文のフォーマットそのものが変わるんじゃないかという話です。

AIが先行研究レビューを書く時代、もう来てませんか

心理学や組織行動の実証研究って、だいたい決まった構成があるんですよね。イントロダクションで先行研究を概観して自分の研究を位置づけて、仮説を立てて、方法を説明して、結果を示して、議論して、示唆を出して、限界と今後の研究の議論をし、参考文献を示す。この流れ自体は決まった型で、長年うまく機能してきた。

で、この中でも特にイントロダクションの部分って、研究者の経験と蓄積と知見が凝縮されるパートなんですよね。先行研究をどう読み解いて、何が明らかになっていて、何が明らかになっていないのかを整理する。それは確かにその研究者ならではの腕の見せどころだった。

でも、最近、この形式が変化するんじゃないかと思うんです。理由はAIの登場です。

例えば「幸福」という概念を研究するとき、心理学のアプローチもあれば、経済学、哲学、社会学、医学のアプローチもある。複数の領域の研究者が同じ概念に興味を持って研究している。その全ての領域の切り口や考え方、わかっていることを個人で把握するのは無理だし、研究者コミュニティという単位で見ても、なかなか難しい。

ところが、AIはこれができてしまう。領域横断的に先行研究を調べて、統合して、まとめる。領域を絞りたければそれもできるし、横断的にやりたければそれもできる。そうなると、このパートに人間が書く付加価値って、どれくらいあるのか。今はまだ熟練の研究者の蓄積に価値があると思うけど、それもどんどんなくなっていく気がしています。

実際、2024年には東京のAIスタートアップSakana AIがオックスフォード大学などと共同で「The AI Scientist」という、研究プロセス全体をAIが自動で行うシステムを発表して話題になりました。文献レビューが表面的だという批判もあるようですが、方向性として研究の自動化が進んでいるのは間違いない。そしてその流れの中で、人間が一生懸命「文脈」を整えるイントロダクションの価値が相対的に下がっていくんじゃないかということなんです。

人間の付加価値は「一次情報」にある

じゃあ、人間の研究者はどう付加価値をつけていくのか。僕は、切れの良い一次情報を提示することだと思っています。

AIは既存の知識を把握して、編纂して、統合するのは得意です。でも、新しい知見を実験やフィールドワークから見出すことは、今のところまだハードルが高い。実験して、調査して、データを取って、人の話を聞きに行って、インタビューして、アンケートに記入してもらって。こういう泥臭い一次情報の生成は、まだまだ人間の付加価値がある領域です。

だとすれば、そこに注力した形で研究を進めて報告した方がいいんじゃないか。つまり、論文のフォーマットそのものが変わるということです。AIが把握している巨大な知識の総体の中に、新しい一次情報を投げ込んでいく。だから、論文はすごく短いショートペーパーで、ファクトを中心に報告する。示唆や思考のところは、AIが管理している巨大な知の体系と対話しながら、自分なりの解釈を書いていく。なんか、そういうスタイルになっていくんじゃないかなと。

この考え方は、科学データの世界ですでに動き始めている流れと重なります。従来の論文は「人間が読んで納得する物語(ナラティブ)」を重視してきましたが、最近では、研究データを人間が読むための綺麗な文章ではなく、AIが直接取り込める形式で公開すべきだという議論が出てきています。いわば「ナラティブ(物語)」から「マシン・リーダブル(機械可読)」への転換ですね。

でも、本当にそれでいいのか

ここまで話すと、「じゃあ研究者はデータを集めるだけの存在になるのか」という疑問が湧いてきますよね。僕も、そう単純な話ではないと思っています。

一つは、「科学の劣化」という問題。科学というのは、本来、人間が世界を理解するための営みです。AIが勝手に答えを出しても、人間がそれを深く検証して納得できなければ、それは本当の意味での科学と言えるのか。イェール大学の人類学者Lisa Messeriとプリンストン大学の心理学者M.J. Crockettは、2024年にNatureに発表した論文の中で、AIを自律的な研究者として扱うことのリスクを指摘しています。AIが効率化をもたらす一方で、人間の認知的限界につけ込み、実際にはわかっていないのにわかったつもりになる「理解の錯覚」を生み出す危険がある、と。

もう一つ、もっと構造的な懸念があります。それが「モデル崩壊」の問題。2024年にNatureに発表された研究(Shumailov et al., 2024)によると、AIが生成したコンテンツをAIが学習し続けると、知の多様性が失われていくことが示されています。元のデータの分布の端(少数だけど重要な情報)から失われ始め、最終的にはモデルが使い物にならなくなる。AIが書いた論文をAIが読んで学習して、またAIが論文を書く。このループが回り続けると、新しいパラダイムシフトが起きにくくなるかもしれない。

AIの活用力が問われる時代へ

ここまで考えてくると、イントロダクションが「なくなる」というのは言い過ぎかもしれません。でも、AIを活用して書くことを前提にしたフォーマットに変わっていくのではないか、という気はすごくしています。

つまり、こういうことです。先行研究のレビューを人間が一人で頑張って書く時代から、AIをフル活用して、人間には到底把握しきれない膨大な知識にアクセスした見取り図を示す時代へ。領域横断的な視点も、網羅的な文献の把握も、AIの力を借りれば格段にレベルが上がる。

ただし、ここで重要なのは、先ほど挙げた二つの問題にどう向き合うか、ということです。

まず、「理解の錯覚」の問題。AIは平気でもっともらしいことを言うし、存在しない論文を引用することだってある。AIが出してきた見取り図を「なるほど」と鵜呑みにした瞬間、「わかったつもり」の罠にはまる。だからこそ、AIが出してきた情報を自分でチェックしながら使いこなせているか。そこが評価の分かれ目になるんじゃないかと思います。

そして、「モデル崩壊」の問題。AIが書いたものをAIが学習し続けると知の多様性が失われるという懸念に対しては、やはり人間が一次情報を生み出し続けることが重要になる。AIが既存の知識を統合するのは得意でも、現場に行って、人に会って、新しいデータを取ってくるのはまだ人間の仕事です。その泥臭い一次情報こそが、AIの知識体系に新しい多様性を注入し、モデル崩壊を防ぐ栄養源になるのではないかと思います。

言い換えると、これからの研究者に求められるのは、AIを使わずに全部自分で書く力ではなく、AIのアウトプットを発射台として、AIから見ても人から見ても「良い研究」と評価されるアウトプットに進化させる力。これが、研究の質を測る一つの基準になっていくのではないかと思います。なので、他の研究者からの引用回数のみならず、AIからの利用回数みたいなものも数値として出てくるかもしれません。

というわけで、今日は研究論文のフォーマットの話から始まって、AI時代に研究者の付加価値はどこにあるのか、というところまで考えてみました。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしていただけると励みになります。また、「うちの業界でもこういう変化が起きてる」とか「こう思う」みたいな意見があったら、ぜひコメントで教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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