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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.1.21

AIは人間のアーティストを駆逐するか? ー YOSHIKIの警鐘と「来歴」の話 – 歩きながら考える vol.212

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIと音楽、そしてアーティストの未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと気になったニュースについて考えてみようと思います。きっかけは、2026年1月17日の日経新聞に掲載されたX JAPANのYOSHIKIさんのインタビューです。「このままではアーティストが消える」という、かなり強いメッセージが印象的でした。歩きながら、ゆるく話してみようと思います。

YOSHIKIさんの警鐘:「アーティストは存在意義が問われている」

まず最初に、YOSHIKIさんが何を言っていたのかを簡単に紹介しますね。

日経新聞のインタビューによると、YOSHIKIさんは「生成AIが作成した音楽がチャートを席巻している」と指摘しています。実際、米音楽チャート「ビルボード」のジャンル別でAI楽曲が上位を占め、音楽配信サービスの新曲の3割がAI製という例もあるそうです。

YOSHIKIさんはこう言っています。「AIにキーワードを指示するだけで作曲でき、それを独自の作品だと主張する現在のような状況は行き過ぎだ。アーティストは存在意義が問われている」と。

僕も最近、Sunoという音楽生成AIを使ってみたんですけど、正直驚きました。テキストで指示を出すだけで、メロディ、伴奏、ボーカルまで含んだ楽曲が数秒で生成される。しかも、結構いい曲なんですよね。音楽理論の知識がなくても、誰でもそれなりに質の高い曲が作れてしまう。

これを見た時に、「曲を作って仕事にする」というプロの領域が、なかなか成立しにくくなるんじゃないかという感覚を持ちました。

AIには「来歴」がない

ただ、一方で思うこともあるんですよ。

確かにAIはパターン認識が得意で、過去の作品をベースに「キャッチーなメロディライン」「印象的なパンチライン」「引き込まれるストーリー構成」のバリエーションを大量に生成できる。耳に残る曲、すっと入ってくる表現を作るのはうまい。

でも、そこから先、つまりファンとしてその作者にくっついていくっていうことは、ちょっと起きにくいんじゃないかと思うんです。

なぜかというと、AIには「来歴」がないから。

以前のブログでも紹介しましたが、芥川賞作家の九段理江さんが面白いことを言っていて。九段さんは2024年に『東京都同情塔』で芥川賞を取った時、「小説の5%をAIで書いた」と言って話題になりました。その後、雑誌『広告』の企画で「95%をAIで書く」実験もやっているんですけど、その時のインタビューで「AIには『こういうものを書きたい』という欲求がない」と言っているんですよね。

これ、めっちゃ核心を突いてると思うんです。AIに「自分のために小説を書け」と指示しても、うまくいかない。考えてみれば当然ですよね。AIには「自分」がないんだから。

人間のアーティストって、書かずにはいられないとか、作らざるにはいられないという内発的な衝動がある。作品を作ることで自分を満足させたり、自分を癒したりしている部分がある。受け手は、作品を横断して聴いたり読んだりする中で、「ああ、この人はこういう人なんだろうな」「だからこういう作品を作っているんだな」と推測する。そこに納得感親しみを感じて、ファンになっていく。

最近の「推し活」ブームを見ても、人は作品だけでなく、作者の人生や苦悩、成長のストーリーに惹かれてファンになるんだと思います。AIにはその「物語」がない。パターン認識でバリエーションを出しているだけで、その行為自体に共感するのは難しい。

価値の源泉は「何を作ったか」から「誰が、なぜ作ったか」へ

じゃあ、結局どうなるのか。

僕は、人間のアーティストは駆逐されないと思っています。ただし、価値の源泉がシフトするんじゃないかと。

つまり、「何を作ったか」という作品の質だけで勝負する時代から、「誰が、なぜ作ったか」という作者の物語が重要になる時代へ。アーティストの存在意義は「作品の生産者」から「物語の体現者」へと変化していくのかもしれません。

AIは「作品の質」という土俵では人間を凌駕しうる。でも、ファンが求めているのは作品だけでなく「作者の物語」である。ゴッホの絵が価値を持つのは、壮絶な人生も含めて芸術だからですよね。AIには、そういう「本当に苦しんだ」「本当に喜んだ」という実存的な真正性がない。

むしろ一般の人の幸福度が上がる可能性

最後に、ちょっと逆転の視点を。

プロのアーティストにとってはカオスな時代かもしれませんが、一般の人にとっては面白い時代なんじゃないかと思うんです。

これまで、「自分の感情を曲にする」「自分を癒すために作品を作る」というのは、音楽理論や創作スキルを持ったプロの特権でした。でも、AIを使えば、誰でもそれができるようになる。自分の思いを曲にして、自分を満足させたり、癒したりする。そういう体験が民主化される。

僕は「AIは人を幸せにするか」というテーマで研究をしているんですけど、この「創作の民主化」は、社会全体の幸福度を上げる方向に繋がるんじゃないかと思っています。もちろん、AIに任せきりにするのと、AIと一緒に作るのでは、得られる幸福の質も違ってくるでしょうけど、それはまた別の話ですね。

というわけで、今日は「AIは人間のアーティストを駆逐するか?」について、歩きながら考えてみました。結論としては、駆逐はされないけど、価値の源泉はシフトする。そして、一般の人にとっては創作が身近になるという、二重の変化が起きるんじゃないかと思います。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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