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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.1.19

厳しいAIと優しいAI、部下を伸ばすのはどっち? – 歩きながら考える vol.210

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIからのフィードバックについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近気になっているニュースについて話してみようと思います。きっかけは、1月6日の日経新聞の記事。「AI上司」が職場に浸透してきているという話で、僕がここ数年取り組んできた研究テーマにすごく近い内容だったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみようと思います。

話題の「鬼コーチAI」

記事で紹介されていたのは、管理職の思考パターンや価値観を学習したAIチャットボットが、部下の指導やフィードバックを行うという取り組みです。

例えば、KDDIでは実在の本部長の口調や考え方を学習させた「AI本部長」が導入されていて、営業職の社員が企画書について相談すると、本部長さながらのフィードバックが返ってくるそうです。「多忙な本部長に実際に見てもらうのは難しいけど、AIなら時間と場所を問わず相談可能」ということで、営業職約700人向けに使われているとのこと。

で、特に面白いなと思ったのが、アクセンチュアの「鬼コーチ」と呼ばれるAIアプリ。これがまた、とにかく口が悪いらしいんですよ。未熟な提案には「おい、ふざけるな。これじゃ抽象論の羅列だ」「中身ゼロの言葉遊びにすぎない」と一刀両断に叱責してくる。

記事によると、「忖度なしのフィードバックは利用者の心に教訓として深く刻まれる。それゆえ教育効果は大きい」とのことで、会社推奨アプリではないにもかかわらず、利用数は常に上位なんだとか。感情がないAIだからこそ担える役割がある、という話ですね。

本当に「厳しい方が効く」のか?

ただ、この記事を読んで僕が思ったのは、「厳しいAIフィードバックって、本当に効果があるのかな?」ということです。

フィードバックの効果については、組織行動や教育学の分野で長年研究が積み重ねられてきました。できていないところや改善点を指摘する「ネガティブフィードバック」と、できているところや強みに着目する「ポジティブフィードバック」、どちらが効果的かという研究ですね。

一般的に言われているのは、全体的な傾向としてはポジティブフィードバックの方が効果があるということ。「若い世代は褒められた方が伸びる」という現場感覚とも一致します。

一方で、「境界条件」というのもあって、場合によってはネガティブフィードバックの方が効果的なこともあるとされています。「境界条件」というのは、ある法則が成り立つための前提条件のこと。つまり、「どんな条件の下でなら、ネガティブフィードバックが効くのか」という話です。

文化的な違いも、境界条件の一つとして挙げられてきました。北米ではポジティブフィードバックを受けた時の方が「自分はこれでやっていけるんだ」とモチベーションが上がる傾向がある一方、日本では課題指摘、つまりネガティブフィードバックをされた時に「頑張らなきゃ」と思う傾向があるとも言われています。

じゃあ、日本人には鬼コーチAIが効くのか? 実は、そう単純な話でもないんですよ。

感情サポートがあってこそ

僕は去年、AIからのポジティブフィードバックとネガティブフィードバックの効果を比較する実験を行い、論文として発表しました。日本のオフィスワーカーを対象に、ChatGPTベースのAIチャットボットを使った実験です。

結果はこうでした。ポジティブフィードバックは、仕事の自己効力感(「自分はこの仕事をうまくやれる」という感覚)を高める効果がありました。一方、ネガティブフィードバックは、それだけでは自己効力感を高める効果が見られなかったんです。

ただし、ここに重要な境界条件がありました。職場で上司や同僚から「感情サポート」を受けている場合、ネガティブフィードバックも自己効力感を高める効果があったんです。

感情サポートというのは、「あなたのことを認めているよ」「わかっているよ」という存在承認のコミュニケーションのこと。そういう関係性を感じている人は、AIから厳しいフィードバックを受けても、それを成長の糧にできる。でも、そういうサポートがない状態で厳しいことを言われても、効果は限定的だということです。

つまり、「鬼コーチAI」単体では効果が限定的で、人間による感情サポートとセットになって初めて、厳しいフィードバックが成長につながる可能性がある。AIの役割が拡大するのは間違いないですが、その背後にある人間関係の重要性には依然として注意を払う必要がありそうです。

次の問い:心の機微を読むAIは可能か?

僕らの研究で「感情サポート」という境界条件が明らかになりましたが、AIからのフィードバックには他にも条件がありそうです。

例えば、中国での研究(Pei et al., 2024)では、面子を失うことを恐れる従業員にとって、AIからのネガティブフィードバックは人間上司からよりも受け入れやすく、学習への動機を高める効果があったそうです。人間上司からだと「人事評価に影響するかも」「この人との関係が悪くなるかも」という恐怖がある。だからこそ、AIからの方が「公平」「客観的」と感じやすいのかもしれません。

また、人間からのフィードバック研究で言われてきた「初心者にはポジティブ、熟達者にはネガティブが効く」という法則が、AIからのフィードバックでも当てはまるのかどうかも、まだ検証が必要な領域です。

そして、僕が今一番考えているのが、受け手の状況に応じてフィードバックスタイルを切り替えるAIは可能か、ということです。

現状のAI上司は、「一律に厳しい」(鬼コーチ)か「一律に優しい」(ChatGPT的)かのどちらかですよね。でも、人間の上司って、部下の顔色を見て、「今日は落ち込んでいるから励まそう」「今は元気だから厳しいことも言っておこう」と判断しているわけじゃないですか。

実は最近、僕はジョブクラフティング(仕事の意味づけを自ら工夫すること)に関する実験をしていて、面白い結果が出てきました。AIと対話しながら仕事の意味づけを考え直すセッションをやってもらったんですが、AIが焦点を置く内容をプロンプトで固定的にコントロールするよりも、話し手の内容に応じてAIが柔軟に対応した方が効果が高かったんです。

これって、結局、どれだけ話し手の心の機微をAIが読み取れるかという問題になってくるんじゃないかと思っています。相手が今どんな状態にあるのか、何を求めているのか。そこを読み取って対応を変えられるAIが、今後開発されていくんじゃないでしょうか。

人間の上司が部下の顔色を見ながらやっていることを、AIができるようになる。そんな未来が、もしかしたらそう遠くないのかもしれません。

まとめ:AIフィードバックの効果は条件次第

というわけで、今日は「鬼コーチAI」の話から始まって、AIからのフィードバックの効果について考えてみました。

「厳しいAIの方が教育効果が高い」という話は、一面では正しいかもしれないけれど、実際には境界条件がいろいろある。僕の研究では、職場での感情サポートがないとネガティブフィードバックは効果を発揮しにくいことがわかりました。AIは万能ではなく、人間による関係性のサポートがあってこそ、その力を発揮できるのかもしれません。

そして、その先にあるのは、相手の状況に応じてフィードバックスタイルを変える「心の機微を読むAI」の可能性。フィードバックに限らず、AIと人間の対話において、AIがどれだけ相手の状態を読み取って対応できるかが、今後ますます重要になってくるんじゃないかと思っています。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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