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ブログ歩きながら考える

2025.12.8

33万円の修理見積もりで、メーカーが35万円の売上を失った件 – 歩きながら考える vol.183

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、サポートセンターが売上機会を逃している話について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は最近あった出来事から、ちょっと考えたことを話そうと思います。実は先日、仕事用のPCが壊れたんですよ。3年前に35万円くらいで買った、とあるメーカーのゲーミングPC。グラフィックス性能が良くて気に入ってたんですけど、キーボードが使えなくなっちゃって、修理に出したんです。そしたら、予想外の展開になりまして。歩きながら、その話をしてみようと思います。

33万円の修理見積もりが来た日

修理に出して数日後、修理センターから見積もりが届いたんです。マザーボード交換で33万円。

正直、一瞬怒りが湧きました。35万円で買ったPCの修理に33万円って、どういうことだよと。でも、冷静になってAIに相談しながら調べてみたら、理屈としては納得できたんですね。

ゲーミングPCは高性能を出すために高温になりやすい。温度が上がったり下がったりを繰り返すと、マザーボードのハンダが膨張と収縮を繰り返して、いずれヒビが入り故障につながる。実際、状況によってはマザーボードの寿命は3年くらいになってしまうこともあるようです。

しかも、メーカーの修理センターは部品単位の細かい修理はしない。マザーボード全体を交換するから、そこに載っているCPUやGPUの部品代がそのままかかってくる。別に修理費用でぼったくってるわけじゃなくて、構造的にそうなっちゃうんだと。

ちなみに、町のPC修理屋さんだと顕微鏡で見て部分的なハンダ修理ができるケースもあって、その場合は安価に済むこともあるらしいです。AIが提供してきた情報を見て背景の理屈は想像ができたので、怒りは収まりました。

故障した瞬間、僕は「顧客」ではなくなった

でもですね、ここからが今日の本題なんです。

冷静に考えてみてください。僕は3年前に35万円のPCを買った顧客です。そのPCが壊れた。ということは、何らかの形で新しいPCを手に入れる必要がある。修理するか、新品を買うか。いずれにしても、PCが必要だという極めて強いニーズを持った顧客が、今まさにここにいるわけです。

で、そんな顧客に対して、サポートセンターは何をしたか。「マザーボード交換で33万円です。お支払いはどうされますか?振込でしょうか?修理しない場合は返送料1万円かかります」という事務連絡を送ってきただけ。

ちょっと待ってくれと。35万円で買った3年前のPCに33万円かけて、3年前のスペックのパソコンをもう一度手に入れたい人って、そんなに多くないでしょう。33万円あったら、最新モデルを買いますよね。

結局どうなったかというと、僕は他社製品を買いました。PCは仕事道具だから、手元にないと困る。待ってる時間がもったいないから、さっさと別のメーカーのPCを買っちゃったんです。

もしあのとき、サポートセンターが「この修理費用はおそらく現実的ではないと思います。今年のモデルでしたら、こちらからのご購入で何%引きでお届けできます」とか言ってクーポンを発行してくれていたら、僕は同じメーカーのPCを買っていたかもしれない。そこまでしなくても、「高額になってしまい申し訳ありません。今後とも弊社製品をよろしくお願いします」と一言添えてあったら、印象は全然違ったと思うんです。

つまり、故障した瞬間に発生した「代替品を買う」というニーズを、メーカーは完全に取り逃がしたということ。35万円の売上機会が、目の前から消えていったわけです。

20年以上前から言われていたこと

これ、実は新しい話じゃないんですよ。

1990年代後半から2000年代にかけて、CRM(顧客関係管理)という考え方がブームになった時期がありました。その頃から、「コールセンターやサービスセンターはコストセンター(費用だけがかかる部門)ではなく、プロフィットセンター(利益を生む部門)になりうる」という話はされていたんです。

顧客との接点は、単なるクレーム対応の場ではなく、次の購買につなげる機会である。クレームの瞬間こそ、実は顧客ロイヤリティを上げるチャンスである。商品やサービスの価値だけでなく、顧客体験価値が重要視される現代において、顧客と直接関わるコールセンターは重要な役割を果たす。そういう議論が、もう20年以上前からあった。

なのに、最先端のPCを作っている海外メーカーでも、サービスセンターのオペレーションは昔と変わっていない。修理センターの担当者は、マニュアルに従って故障箇所を判断し、決まった選択肢から修理方法を選び、見積もりをメールで送る。それ以上のことは職務スコープに入っていない。

もちろん、現場の担当者を責めるつもりはありません。人間がやったら、そうなっちゃうのは仕方ないと思う。感情ケアとか、代替製品の提案とか、そんなことまで求められたら、業務量が爆発しちゃいますから。

まとめ:AIがサービスセンターを変えるかもしれない

でも、こういうことこそ、AIがやれるんじゃないかと思うんです。

今回の僕のケースでいえば、AIなら「この顧客は3年前に35万円のゲーミングPCを買っている。ちなみに、その3年前にも別のPCを買っている。今回の修理見積もりは33万円で、おそらく修理は選ばない。ということは、代替製品を買う可能性が高い。今年の新モデルを提案して、クーポンを発行したら購入につながるかもしれない」という判断ができるはず。

メールの文面だって、事務的な見積もり通知ではなく、もう少し顧客の感情に配慮した書き方に変えられる。少なくとも、「今後とも弊社製品をよろしくお願いします」くらいは自動で入れられるでしょう。

物が壊れるということは、代替製品を買うニーズがその瞬間に発生するということ。これって、企業にとっては絶好の販売機会なんです。なのに、なぜそれを取りに行くためのオペレーションが組まれていないのか。

どのメーカーも、ここはすぐに改善できる話だと思うんですよね。サービスセンターの対応を少し変えるだけで、どれくらいの売上を取り戻せるか。分析したら、結構な額になるんじゃないかなという気がすごくします。PCはいつかは壊れるものですから。故障は顧客を失うピンチではなく、次の購買につなげるチャンス。AI時代には、きっとこのあたりが変わっていくんじゃないかと思います。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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