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今日のテーマは、AIの進化のスピードと「無知の知」の関係について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日はですね、自分自身のAIの使い方を振り返って、ちょっとドキッとした話をしようと思います。僕はそれなりにAIを活用してきたつもりだったんですが、最近、「あれ、このやり方ってだいぶ古いかも」と気づく瞬間があったんですよね。歩きながら、この「気づけなかった」ということ自体について考えてみます。
見えていなかったAIとの統合という視点
僕は研究活動でAIをかなり使っています。先行研究の理解、データの収集、統計分析のコード作成——ほとんどのプロセスにAIが関わっていて、使う場合と使わない場合で生産性が大幅に違うという実感があります。
ただ、僕の場合、分析の実行環境はRStudioなんですよね。Rでコードを書いて、RStudioで実行して、結果を確認する。AIに「こういう分析がしたい」と伝えてコードを出してもらい、それをRStudioに貼り付けて走らせる、というのが基本的なワークフローでした。これはこれで十分機能していたので、特に不満もなかったんです。
ところが、他のプログラム言語の世界では、Claude CodeやCodexのようなAIエージェントがエンジニアの開発環境と統合されて、コードの生成から実行、デバッグ、さらにはファイルの生成や後続の処理まで一気通貫でやるのが普通になりつつある。僕は自分が使っているプログラミング環境をベースに考えていたので、AIと実行環境の統合の最近の当たり前がどうなっているのか意識が向いていなかったんです。
実はこれは結構もったいない話なんです。理由は新しい研究手法をためる機会損失になってるから。例えば僕の研究では、アンケートの数値データとは別にインタビューの会話データがあります。これをうまく分析したいんだけど、会話データのハンドリングはマニュアルではほとんど無理。だけど、AIエージェントを使えば、音声データやチャット履歴を一気に読み込んで、IDとタグで管理して、分析コードを走らせて、定量データと突き合わせる——そういうことが本当はできる。知ってしまえば「なんで早く気づかなかったんだろう」と思うんですけど、知らない間は、そもそもその可能性が視界に入っていなかった。

自分が何を知らないかを知らない——AIにおける「無知の知」
ここで考えさせられたのは、「なぜ気づけなかったのか」という問いそのものです。
今までのやり方で十分な成果が出ていたから、「もっと良い方法があるかもしれない」と疑う動機がそもそもなかった。これはソクラテスの「無知の知」と同じ構造で、「自分が知らないことを知らない」状態だったわけです。
普通、人が情報を探しに行くときには、何らかの明確なニーズがありますよね。「この分析をやりたい」「このエラーを解決したい」みたいな。でも、アンメットニーズ——自分ではニーズだと認識していないけれど、本当はニーズなんだというもの——に対しては、探しに行く動機すら発生しない。明確なニーズがなくても、自分自身の潜在的なニーズに駆動されて外の情報を探しに行く、なんていう不思議な行動は、なかなか自然には起きないわけです。
しかもAIの進化は指数関数的に早いので、数ヶ月前に確立したやり方がもう時代遅れになっていることがあり得る。自分では「うまく使えている」と思っている、その満足感こそが、次のステップへの最大の障壁になっている。
でも、追いかけすぎると本業を見失う
じゃあ、常にAIの最新動向を全方位的に追い続ければいいかというと、それはそれで問題がある。
DiscordやXの特定のコミュニティで、他のユーザーが何をしているかを追い続ける。新しいツールが出たら片っ端から試す。これをやれば確かに「無知の知」問題は緩和されるかもしれない。でも、手法のアップデートに認知リソースを取られすぎると、肝心の本業のアウトプットが細くなるんですよね。
僕は最新AIの機能を紹介するインフルエンサーになりたいわけではなく、あくまで研究が本業です。AIはそのための道具に過ぎない。にもかかわらず、道具の使い方の最適化に夢中になって、その道具で何を作るのかがおろそかになるなら、それは「AIに使われている」状態じゃないかと。追いかけなければ取り残されるし、追いかけすぎれば振り回される。このジレンマは、たぶん多くの人が感じているんじゃないかと思います。

自分の潜在ニーズを照らしてくれる人とのつながり
僕なりの今の答えは、全部を自分で追いかけるのでも、追いかけるのをやめるのでもなく、自分の潜在ニーズを外部から照らしてもらえるつながりを持つことだと思っています。
新しいことをどんどん試していくタイプの人たちとのつながりの中にいると、たとえその人たちが自分と同じ領域じゃなくても、「今AIってそういう使い方ができるのか」と気づける。そして「であれば、自分の領域だったらこういうことに使えるんじゃないか」と翻訳できる。実際、僕がAIエージェントの可能性に気づいたのも、研究者仲間からではなく、エンジニア寄りの人たちとの会話がきっかけでした。
ポイントは、情報を全方位的に集めるのではなく、自分の本業の文脈に引きつけて翻訳してくれるフィルターとして人とのつながりを使うこと。そうすれば、手法の海に溺れずに、必要なアップデートだけを取り込みながら、本業のアウトプットも維持できる。
ただ、そうなると次に考えるべきは、所属しているコミュニティの質がこのバランスにとって決定的に重要なのか、それとも将来的にはAIエージェント自身がこの「フィルター」の役割を担う時代が来るのか、ということかもしれません。このあたりは、また別の機会に考えてみたいと思います。
というわけで、今日は「AIの進化に追いつこうとする人は、結局AIに振り回されるのか?」というテーマで、歩きながら考えてみました。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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