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ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える

2026.2.12 NEW

AIは日本の組織の硬直した官僚制を変えられるか – 歩きながら考える vol.227

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、大きな組織の文書主義とAIエージェントの可能性について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日はすごい雪が降ってるんですが、寒いのもいいかなと思って外に出て、散歩しながら考えています。テーマは、大きな組織の中における文書主義の難しさと、その解決策としてのAIエージェントの話です。

大きな組織の「文書主義」はなぜ大変なのか

大きな組織で予算を使うとき、その精算や監査のプロセスって、だいたいどこも極めて複雑ですよね。見積もりを取って、相見積もりで1番安いところを使わなきゃいけない。何に使う気なのかという経過も書かなきゃいけないし、使った後には計画通りだったかの照合もある。金額、内容、時期、それぞれについて文書を残す必要があって、さらに使っているサービスも様々。確認項目と案件の種類と業者の種類を掛け算していくと、極めて複雑な文書体系を残す必要が出てくるわけです。

で、これはどの組織でも起こりがちなことだと思うんですが、この複雑なルールの運用が、担当する方によってちょっとずつずれるんですよ。「これぐらいなら通していいんじゃないか」と柔軟に判断してくれる方もいれば、非常に杓子定規に進めるべきだという方もいる。人間なんだから、対応するときの好き嫌いというのもどうしてもある。全員に対して同じ基準で対応するわけにはいかないし、そこでブレが出てくると、どのレベルのルールがスタンダードなのかがますますわかりにくくなっていく。

ちなみに、僕自身は周りにものすごくいい方が多くて、本当に助けられています。ただ、仕組みとして考えたときに、もしある組織の中に1人でも気が合わない人がいたら、文書が揃わない、進まない、通らないということが起こって、プロジェクト自体が頓挫する。それは非常に容易に想像ができますよね。

よく大きな企業で、長年その部署にいらっしゃる事務の方や秘書の方とちゃんと関係性を作っておかないと大変なことになる、というのは多くの人がなんとなく感じていることなんじゃないでしょうか。うまくいっているときは融通を利かせてくれて、すすっと物事がスムーズに進む。でもそうじゃないときもある。そしてそれが好き嫌いで左右されるとなると、これはなかなか難しい話です。

ホフステードの研究で言えば、日本は若干集団主義的な文化です。外部の明確な基準に照らして正当性を判断する個人主義の文化と違い、日本では人間関係をベースにして物事が決まっていくところがある。だから、人間関係を良好に保っておくことは、自分のアウトプットが出るか出ないかを左右するぐらいの、生きるか死ぬかレベルの大事な話になってくるんです。

なぜ手続きは複雑なままなのか

で、ここで面白いのが、社会学でいう官僚制の逆機能という話です。もともと官僚制って、明確な規則と文書で組織を合理的に回す仕組みで、公平さと効率性を担保するための優れたシステムなんですよね。でも、社会学者のマートンが指摘したのは、この官僚制が行き過ぎると逆機能を起こすということ。本来は目的を達成するための「手段」であるルールや手続きが、それ自体が「目的」に転化してしまう。

で、僕が実感として面白いなと思うのは、この逆機能って勝手に自己強化していくんですよね。

どういうことかというと、バックオフィスの業務って、AIや自動化の対象になりやすい領域じゃないですか。もし手続きが標準化・簡素化されて誰でもできるようになったら、その担当者の雇用の安定はどうなるか。つまり、業務を効率化することに対するインセンティブが、雇用の観点からは基本的に存在しないわけです。

むしろ、「このケースは特殊な判断が必要です」「この処理は私にしか判断できません」という状態を維持すること、つまり業務のブラックボックス化こそが、自分のポジションを守るための合理的な戦略になってしまう。誰もが意図的にそうしているわけではないんですよ。でも、長い時間をかけると、こういった裁量の肥大化が組織の中で静かに進行していく。日本の大きな組織では、すでにこの肥大化がかなり進んでしまっているんじゃないか、という気がしています。

これ、個人の性格がいいとか悪いとかいう問題じゃないんですよね。インセンティブ構造、つまり「何をすると得をするか」というゲームのルールの問題なんです。

「AIを入れれば解決」とはいかない

ここで、「じゃあAIエージェントに文書処理を任せれば解決するんじゃないか」という話になりますよね。確かに、AIが文書の作成や照合やプロセス管理を担えば、「あの人に聞かないとわからない」問題はかなり解消されるはずです。どの書類をいつ出せばいいかをAIが教えてくれて、フォーマットも自動で整えてくれる。好き嫌いによる差し戻しも起きない。文書主義の利点(記録を残す、後から検証できる)は維持しながら、運用の属人性だけを排除できる。

でも、僕はAIだけでは解決しないと思っています。

なぜかというと、AIが文書処理を自動化したとしても、最終確認やルールの設定は結局人間がやるからです。「AIが作った書類に不備がある」「AIの判断ではこの規定を満たさない」と差し戻す権限は、引き続き人間の側にある。つまり、門番のポジションって形を変えて残り続ける可能性があるんですよね。

そして根本的な問題として、手続きを簡素化・効率化することがバックオフィスにとって自分の職域を縮小させることを意味するという構造は、AIを導入しても変わらない。AIという道具がいくら優秀でも、それを使う側のインセンティブ構造が変わらなければ、官僚制の逆機能はそのまま温存されてしまいます。

「門番」から「攻めのパートナー」へ

じゃあどうすればいいのかっていうと、結局これは技術の問題じゃなくて、インセンティブ設計の問題なんだと思います。解決には二段階の転換が必要なんじゃないかと。

第一段階は、「いかに手続きをシンプルにしたか」によって評価される仕組みを作ること。今は手続きの複雑さを維持する方が合理的になっちゃってるわけですよね。そうじゃなくて、簡素化・効率化そのものが評価され、得になる構造に変える。これができれば、AIという道具を積極的に使って業務をスリム化するインセンティブが自然に生まれます。

第二段階は、効率化によって空いたキャパシティを「攻めの仕事」に振り向けて、そこにさらに大きなインセンティブを付けること。例えば、プロジェクトの資金獲得交渉のサポートとか、コスト最適化のコンサルテーション(相見積もりを取るだけじゃなくて、プロジェクトにとって最適なコストと品質のバランスを提案するとか)ですね。単純な文書処理はAIに任せて、バックオフィスの方々は「攻めのパートナー」へと役割をシフトしていく。

この二段階の設計があって初めて、AIエージェントが官僚制の逆機能を解体する力を本当に発揮できるようになるんだと思うんです。すぐに変わる話ではないかもしれない。でも、日本の組織にとって、このインセンティブ構造の書き換えは避けて通れない課題なんじゃないでしょうか。

僕は、日本の会社の場合、AIによる恩恵は極めて大きいと思っています。ただしそれは、AIを入れれば自動的に解決するという話ではなくて、AIの導入と同時に「何をもって評価されるか」というゲームのルールを変えることとセットで初めて機能する。今後数年で、日本の企業がこの転換に踏み出していくのを、ぜひ目撃したいなと思っています。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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