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ブログ歩きながら考える

2026.1.28

AIで個人の生産性は上がっても、企業業績はそこまで上がらないかもしれない話 – 歩きながら考える vol.217

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIの活用と企業業績の関係について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近ちょっと引っかかっていることを話してみようと思います。ダボス会議に合わせて発表された調査結果を見て、「あれ?」と思ったことがあったんですよね。歩きながら、ゆるく考えてみます。

CEOの半数以上が「AIの効果なし」と回答

きっかけは、2025年1月20日の日経新聞の記事でした。コンサルティング大手のPwCが、世界95カ国・地域の4000人以上のCEOを対象に調査を実施したところ、56%のCEOがAI活用による売上増やコスト削減の効果を感じていないと回答したそうです。

これ、ちょっと意外じゃないですか?

AIを使っている人なら、生産性が上がる実感は持っているはずです。文章の作成、情報の収集と分析、プログラムのコード、画像や音楽、動画まで。情報を扱うあらゆる領域で、AIは確かに私たちの仕事を加速させている。僕自身も、AIなしの仕事はもう考えられないくらいです。

普通に考えれば、「まだAIの導入が進んでいないから」という解釈になるでしょう。実際、記事もそういうニュアンスで書かれています。でも、僕はもう一つの可能性が頭をよぎりました。それが「個人と集団で観察される現象が異なる」という問題です。(専門的には、「合成の誤謬」とか「生態学的誤謬」と呼ばれます)

個人で起きていることが組織で起きるとは限らない

有名な例に「イースタリンのパラドックス」があります。これはこれは合成の誤謬の一種で、個人レベルで見ると所得が高い人ほど幸福度が高いのに、国レベルで見ると平均所得が上がっても国民の平均幸福度は上がらない、という現象です。

なぜこんなことが起きるのか。一つの説明は相対比較です。個人が幸福を感じるのは、周囲と比べて自分の所得が高いから。でも、全員の所得が同時に上がると、相対的な位置関係は変わらない。だから幸福度も変わらない。

これをAIに当てはめて考えてみると、どうでしょう。

ボトルネック問題:なぜ個人の効率化が組織の成果にならないのか

AIを使えば使うほど生産性は上がる。AIの性能が上がれば上がるほど生産性は上がる。AIの活用法が広がれば広がるほど生産性は上がる。これは自明の理のように思えます。だとすれば、組織内でAI活用が広がれば広がるほど、組織の生産性も上がると考えるのが自然でしょう。でも、組織全体で見ると、その効果が業績に転換されない可能性が有る。

理由の一つはボトルネック問題です。

組織の仕事って、一人で完結するわけじゃないですよね。基本的にはオペレーションフローになっていて、複数の人や工程を経てアウトプットが出てくる。ある工程がAIで10倍速くなったとしても、その前後の工程が変わらなければ、全体の流量は変わらない。これはゴールドラットの「制約理論(Theory of Constraints)」と同じ構造です。

特に問題なのが、AIで加速した成果物の最終チェックは、結局人間がやらなければならないということ。AIのハルシネーション(誤った情報をもっともらしく出力する現象)をチェックするのは人間の仕事です。「じゃあAIにチェックさせればいい」と思うかもしれませんが、そのAIのハルシネーションは誰がチェックするのか?という堂々巡りになってしまう。最終的に責任を取って意思決定するのは、やっぱり人間ということになりそうです。

この手のことは多くの企業内で起きそうです。企画書を作るのは速くなったけど、承認プロセスは変わらない。コードを書くのは速くなったけど、リリース前の最終判断は人間がやる。あるいは、そもそも物理的な作業を伴うプロセス(製造、物流、対面サービスなど)は、AIで加速しようがない部分が残る。AIで加速した部分と、人間がやらざるを得ない部分の非対称性が、組織全体の成果を制約する可能性があります。

もう一つの要因は相対競争です。競合他社も同様にAIを導入している場合、短期的には生産性は上がったように見えても、中長期では相対的な競争優位にはならない。全員が武装したら、誰も有利にならない。よって付加価値は変わらない=生産性が上がらない

古いパイプの付け替えでは限界がある

じゃあ、企業はどうすればいいのか。

一つ言えるのは、個人レベルと組織レベルでAIの効果が異なる可能性を前提にしておくということなんじゃないかと思います。「従業員にAIを使わせれば業績が上がる」という単純な期待は、裏切られるかもしれない。

ボトルネックを特定して、そこにも介入することが必要です。AIで加速した工程の前後で、人間が担っている部分は何か。そこが制約になっていないか。

さらに言えば、既存のプロセスの一部をAIに置き換えるだけでは不十分かもしれません。古い配管の一部だけを新しくしても、古い部分が詰まればそこで流れが止まる。プロセス全体をAIありきで再設計するという発想が必要になってくる。

極端な話、AIありきで新規に組織を立ち上げた方が早いかもしれません。既存の組織には、評価システム、承認フロー、報酬体系など、旧来の仕組みが染みついている。それを変えるより、ゼロから設計した方が合理的な場合もあるでしょう。スタートアップが既存の大企業を脅かす構図は、ここにも当てはまるのかもしれません。

まとめ

というわけで、今日は「AIで個人の生産性は上がるのに、なぜ企業業績は上がらないのか?」という問いについて、歩きながら考えてみました。合成の誤謬、ボトルネック問題、相対競争。個人の実感と組織の現実がずれる理由は、いくつも考えられそうです。

みなさんの職場では、AIの効果は業績に反映されていますか?「うちもそうだな」とか「こういう工夫をしている」みたいな話があったら、ぜひコメントで教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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