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ブログ歩きながら考える

2026.1.27

AIが『最近、人と話してないですね』と言ってくる未来。これって幸福? – 歩きながら考える vol.216

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIが生活スタイルに関して即時フィードバックをしてくる未来と幸福感について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

今日のテーマは、AIによる生活の最適化と人間の幸福について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚でお届けしています。

こんにちは。今日はお昼休みに歩きながら、最近読んだ新聞記事から考えたことを話してみようと思います。きっかけは、1月19日の日経新聞の記事大谷翔平選手の投球をAIが解析して、新球種の提案までしているという話でした。これ、読んでいてすごく面白かったんですよね。

大谷翔平のAIコーチが示す未来

記事によると、「AIコーチ機能」を持つアプリで大谷選手の投球データを解析したところ、各球種の特徴や改善点を詳細に分析し、さらには「この球種を新しく習得すべき」という提案までAIがしてきたそうです。

もちろん、専門家から見ると「いや、それは意図的にそうしてるんだよ」という指摘もあるようで、AIの分析がすべて正しいわけではない。でも、全体的には分析のレベルがかなり高いということが書いてありました。

で、僕がこの記事を読んで思ったのは、こういうトップアスリート向けのパーソナライズされた専門的アドバイスが、どんどん民主化されていくんだろうな、ということなんです。年俸数十億円の選手が受けるようなコーチングが、技術の進化によって、いずれは一般の人にも安価に提供されるようになる。しかも、スポーツに限らず、日常生活のあらゆる場面で。

データが広げる「即時フィードバック」の世界

考えてみると、私たちはすでにかなりの量の生体データを取り続けています。Apple Watchをつけている人は、四六時中、歩数や心拍数、睡眠の質を記録している。スマホを肌身離さず持っていれば、どれくらい活動しているかぐらいはわかる。

で、これがさらに進化していくと、取得できるデータの種類がどんどん増えていくはずなんです。

僕も以前、フリースタイルリブレという器具を使って、自分の血糖値スパイクを測ったことがあります。腕にセンサーを貼り付けるだけで、血糖値の変動が24時間わかる。将来的には、針を使わない完全非侵襲の血糖測定技術も実用化に向けて開発が進んでいるようです。

さらに、音声データも取れるようになっていく。最近、AIと音声で会話するのが徐々に一般的になってきましたよね。ChatGPTやGrokの音声モードを使っている人も増えてきた。で、もうちょっとすると、眼鏡やイヤホンに、いつでもAIに話しかけられるマイクがついて、街を歩きながらでもAIといつでも会話できる、という世界になると思うんです。

そうなると、それは四六時中、音声データを測定しているということでもある。1日に何人の人と喋ったか、どれくらいの時間会話したか、どんなトーンで話していたか。そういったソーシャルなデータも分析に使えるようになるわけです。

そうすると、AIができるアドバイスの幅が一気に広がります。

第1段階:歩数・心拍数・睡眠データ → 「もう少し歩きましょう」「睡眠が浅いようです」

第2段階:血糖値などのバイオデータ → 「血糖値スパイクが起きました。次の食事は食べる順番を工夫しましょう」「ご飯おかわりしませんでしたか?」

第3段階:音声・対人接触などのソーシャルデータ → 「最近、新しい人との出会いが減っていますね」「会話量が足りていないようです。職場でもう少し色んな人と話した方がよさそうですね」

今のApple Watchでも「立ちましょう」「深呼吸しましょう」みたいな通知は来るんですけど、もっと具体的でプッシュ型のアドバイスになっていく。「今日は1駅飛ばして歩いて帰りましょう」とか、「今日の夕食は軽めにしましょう」とか。

身体の健康だけでなく、メンタルヘルス人間関係の改善にも寄与するようになる。心理学でいうヘドニア(快楽的幸福)——つまり、「気分がいい」「調子がいい」という状態が維持されやすくなるわけです。大谷翔平が受けているようなパーソナライズされたコーチングが、生活全般で受けられる時代が来るかもしれない。

でも、AIに生活を委ねることへの違和感

ただ、ここまで考えてきて、正直なところ、ちょっと気持ち悪いという感覚もあるんですよね。

食事の選択、運動の判断、人との関わり方まで、すべてAIに教えてもらう。それって、AIの指示通りに生きている人間みたいになっちゃわないか?という違和感です。

心理学者のキャロル・リフは、心理的ウェルビーイングの6つの次元を提唱しています。その中に「環境マスタリー」という概念があって、これは自分で環境をコントロールしている感覚のこと。AIの指示に従って「最適化された生活」を送ることは、環境をマスターしているのではなく、環境(AI)にマスターされている状態なんじゃないか、という気がするんです。

キャロル・リフの心理的ウェルビーイングは、ヘドニアとは別に、ユーダイモニアという概念として考えられています。ユーダイモニア的な幸福感では、「意味ある人生を送っている」「成長している」「自分らしく生きている」という感覚。快適で快の感情があることは幸福の大事な要素ではあるものの、「生きている実感」「自分で人生を切り拓いている感覚」が薄れるとしたら、それは幸福と言えるのだろうか。

自分で考え、試行錯誤し、失敗から学ぶ経験が減る。自分の体の声を聴く能力が退化する。「AIがないと何もできない」という感覚になる。ヘドニアは上がっても、ユーダイモニアは下がるかもしれない——そんな可能性が頭をよぎります。

まとめ:テクノロジーは進む。問われるのは私たちの側

とはいえ、現実的に考えると、こうしたテクノロジーの進化は止まらないと思いますね。

大谷翔平の投球解析AIは、すでに高い精度で機能している。血糖値の非侵襲測定も、音声データの活用も、時間の問題でしょう。「そういう世界が来るかどうか」ではなく、「いつ来るか」の話。僕は正直、もう来年ぐらいには来るのかなと思っていたんですけど、なかなか進捗が遅いなという感じもしています。AppleはAI弱い説、ありますよね。

逆に言うと、これはビジネスチャンスでもある。どうせそうなるのは見えているのだから、そこに向けて新しいサービスを作る余地がまだある。

で、テクノロジーが進む中で問われるのは、人間の側の成長と変化なんじゃないかと思うんです。

AIを「主人」ではなく「道具」として使いこなす姿勢。アドバイスを「参照」しつつ、最終判断は自分でする習慣。「AIに聞けばわかる」と「自分の感覚を信じる」のバランス。

かつて「読み書き」がリテラシーだったように、AIとの付き合い方が新しいリテラシーになっていくのだろうと思います。単に「使える」だけでなく、「どこまで委ね、どこから自分で判断するか」の線引きができること。これは教育や自己成長の課題になっていくんじゃないでしょうか。

というわけで、今日は大谷翔平のAIコーチから始まって、AIによる生活最適化と人間の幸福について歩きながら考えてみました。専門知識の民主化は確実に進んでいく。でも、それを受け取る私たちの側が、どう向き合うかで、幸福につながるかどうかが変わってくる。そんなことを考えた次第です。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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