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今日のテーマは、5500円のラーメンを見て自分の中に湧いた感情について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
近所にできたハラールラーメン屋
先日、近所の美容師さんと世間話をしていたら、「知ってます?あの角のベーグル屋、潰れてラーメン屋になったんですよ」って言われたんです。僕、ラーメンよく食べるんで、「じゃあ行ってみなきゃ」と思ったら、「でもあそこ、普通のラーメン屋じゃないんです」と。
何が普通じゃないかっていうと、ハラール対応のお店だっていうんですね。イスラム教の規則に沿って処理した食材を使って調理しているレストランで、だから海外からのムスリムのお客さんが多いと。で、ちょっと高いらしいんですよ。
昨日、たまたまその辺りを通りかかったので覗いてみました。夜7時くらいで、外から見たんですけど、中で食べてる方の8割くらいはヒジャブを被った女性を含むムスリムの家族連れやカップルでしたね。アジア系の方が多かったので、マレーシアやインドネシアあたりからの観光客じゃないかなと思います。
で、メニューを見たんです。フライドチキンが入ったラーメンが2200円くらい。そして、A5クラスの和牛スライスがトッピングされたラーメンが5500円。
正直に言うと、なんとも言えない気持ちになったんですよね。ポジティブというよりは、どちらかというとネガティブな感情に近い、モヤモヤした気持ち。で、このモヤモヤの正体は何なのか、ちょっと分析的に考えてみたんです。

なぜ「ラーメン」だと嫌な気持ちになるのか
最初に思ったのは、「これって公正な価格なのか?」ということ。ラーメンで5500円って、よっぽどじゃないですか。暴利を貪ってるんじゃないかって。
ただ、冷静に考えると、ハラール認証を取った食材って日本国内での流通量が限られているから、原材料費が高くなるのは想像がつきます。飲食店の原価率は一般的に30%程度くらいだと思いますが、価格が高いからといって粗利率が異常に高いわけではないのかもしれない。
でも、この「公正さへの疑問」って、本当に自分のモヤモヤの正体なんだろうか?と考えていくと、もうちょっと別の理由がありそうな気がしてきたんですよね。いくつかの観点からカジュアルに分析してみます。
まず、「スキーマの不一致」という観点。 スキーマっていうのは、物事に対して持っている認知的な枠組みのことなんですけど、僕らの頭の中には「ラーメン=500〜1000円程度の庶民食」っていうスキーマがありますよね。5500円という価格は、このスキーマに大きく反する。だから「なんか変だ」という違和感が生まれるんじゃないかと。
次に、「心理的所有感」という観点。 これは、法的な所有とは関係なく、「これは自分のものだ」と感じる心理的な感覚のことです。ラーメンって、日本の食文化として「我々のもの」という感覚がどこかにあると思うんですよね。それが観光客向けに高価格化されていくと、なんとなく「奪われた」「変質させられた」という喪失感が生まれる。
これが焼肉やステーキだったら、たぶんそこまで嫌な気持ちにならないと思うんです。元々「ちょっと高い食べ物」っていうスキーマがあるし、心理的所有感も薄い。でも、よりによって庶民食であるラーメンがこうなると、心がざわつくんですよね。
そして、「上方比較」という観点。 社会心理学者のレオン・フェスティンガーが提唱した社会比較理論によると、人は自分より優れていると感じる相手と比較する「上方比較」をすると、嫉妬や劣等感といったネガティブな感情が生まれることがあるそうです。
僕自身、やよい軒で1200円の定食を「高いな」と思いながら食べている身としては、ラーメン1杯に5500円をさらっと払える人を見ると、上方比較が起きてしまう。しかも、身近な食べ物だからこそ、その経済格差が生々しく感じられるんですよね。
この3つ、つまりスキーマの不一致、心理的所有感、上方比較が重なって、あのモヤモヤが生まれていたんじゃないかなと思います。

観光地に住むことの複雑さ
で、ここからがちょっと考えてしまう話なんですけど、京都って街がコンパクトなんで、こういう光景をちょいちょい見るんですよね。ハンバーガー屋、ラーメン屋、餃子屋。明らかに観光客向けで、地元の人を想定顧客として見ていないお店が増えている。そこは観光客価格になっている。
街がちっちゃいぶん、そういうお店が目に入る回数が、他の地域より多いんじゃないかなという気がします。
で、もしこういう体験がネガティブな感情を繰り返し想起させるものだとすると、京都みたいな観光地では、排外主義的な空気が蔓延しやすい土壌があるのかもしれないな、なんてことを最近思っています。
実際、飲み屋に行ったりすると、外国人観光客に対してあまり歓迎しない気持ちを持っている人が結構いるなと感じることがあるんですよね。もしかしたら、その背景の一つには、こういう日常的な「上方比較の痛み」や「心理的所有感の侵害」の蓄積があるのかもしれない。ちょっとこの辺は危ないなと思いつつ、観察しています。
まとめ
というわけで、今日は5500円のラーメンを見てモヤモヤした話から、自分の感情を分析してみました。
スキーマの不一致、心理的所有感、上方比較。こういった心理的なメカニズムが重なると、「なんとなく嫌だ」という感情が生まれる。そして、その感情が蓄積していくと、排外主義的な空気につながっていく可能性がある。
観光地に住んでいると、こういうことを考える機会が多いですね。自分の感情を観察し続けていきたいなと思っています。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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