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ブログ歩きながら考える

2025.12.5

「70歳まで働く」は罰ゲームなのか? 自己効力感と幸福なキャリアの終盤戦について – 歩きながら考える vol.182

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、70歳以降も働くことが現実味を帯びている件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ記事から考えたことを話してみようと思います。11月25日の日経新聞に、70歳前後の「アラウンド古希」ワーカーが増えているという記事が出ていて、そこから仕事と幸福感について考えちゃったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみます。

「アラ古希」ワーカーが当たり前の時代に

まず最初に、数字を見てびっくりした話から。総務省の労働力調査によると、65歳以上の働く人は2024年に930万人で、10年前に比べて36%も増加しているそうです。特に70代前半は過去10年で54%増の292万人。65〜74歳の就業率は44%ということで、「アラウンド古希」の2人に1人弱が働いている計算になります。

さらに、パーソル総合研究所と中央大学の共同推計によると、65歳以上の就業者は2035年には1400万人を超える見込みとのこと。もう「定年したら悠々自適」という時代ではなくなってきてるんですよね。

で、記事では、トイレが近くなったり、耳が遠くなったりという加齢に伴う身体的変化への配慮が追いついていない、という問題提起がされていました。72歳でノジマの販売員をしている方が、無線通信機器の声が聞き取りづらくなって「名前は2回呼んで、応答がなかったら肩をたたいて」と同僚にお願いしているというエピソードが紹介されていて、なんかリアルだなと思いました。

働くことは「苦役」なのか「自己効力感の源泉」なのか

ただ、僕がこの記事を読んで考えたのは、ちょっと違う角度の話なんです。

高齢者の就労って、「年金だけじゃ足りないから仕方なく働く」みたいな、ネガティブな文脈で語られがちじゃないですか。でも、僕は実は、働けるところまで働くっていうのは、そんなに悪い話じゃないなと思ってるんですよね。

もちろん、ブルシットジョブみたいなどうしようもない仕事もあるし、会社の人間関係が大変だったり、上司から詰められて精神的に病んじゃったりすることもある。それは否定しません。

だけど、仕事の本質って、自己効力感を感じるきっかけとしてすごく大きいと思うんです。環境に対して何か自分が働きかけをして、アウトプットを出して、それに対する評価があって、しかも金銭としても返ってくる。その金銭は自分の自由を拡大する原資として使える。これって、小さな成功体験じゃないですか。

心理学者のアルバート・バンデューラが提唱した自己効力感の概念では、「自分はできる」という感覚を高める最も強力な要因は「達成経験」、つまり実際に何かを成し遂げた経験だとされています。仕事って、まさにその達成経験を日常的に得られる場なんですよね。

だから、心の健康という意味でも、生活のゆとりという意味でも、無理のない範囲で働き続けるのは、実はすごく価値があることなんじゃないかと思っています。

移民問題と高齢者就労は「二者択一」じゃない

ここで、もう少し大きな話をしてみます。

今、日本では移民をどうするかという話が重要になってきていて、排外主義的な流れもありますよね。でも、移民を入れないのであれば、国内で生産性を上げて、労働力を確保できるところまで確保していくしかない。

その「国内の労働力確保」の一つとして、高齢者が働き続けられる環境を整えるというのは、すごく大事だと思うんです。それに加えて、AIによってブルシットジョブを減らして、デスクワークからエッセンシャルワークの方に労働人口が移行できるようにしていく。この両輪が必要になってくるんじゃないかと。

つまり、移民賛成・反対という二項対立じゃなくて、どちらの立場であっても「国内でできることをやる」という視点が大切で、高齢者の就労継続はその重要なピースの一つなんだと思います。

50代・60代からの「お金より自己効力感」という選択

最後に、もう少し個人的なキャリアの話をしてみます。

50代、60代になって、もし一定の金融資産なり持ち家なりがあるのであれば、金額を追いかけるよりも、日々の生活を賄うには十分で、かつ自己効力感を感じやすい仕事に就くというのは、すごくいい選択なんじゃないかと思うんですよね。

たとえば、対人支援の仕事。誰かの役に立っている実感がダイレクトに得られます。営業も、ノルマを課せられたらストレスになるけど、自分の売り方を工夫して成果が出たときの達成感は大きい。

あとは一次産業。これ、本当は生計が立てられるならすごくいいと思うんです。自分が努力した分、何か生産物ができるという、目に見える成果がある。都市部のデスクワークだと、自分の仕事が何につながっているのか見えにくいことも多いけど、農業や漁業だと「これを作った」「これを獲った」という実感が持てる。

ノジマの記事に出てきた72歳の販売員の河島さんは、大手百貨店を勤め上げた後、65歳の定年を機に転職したそうです。聴力の変化はあるけれど、同僚に伝えて配慮をお願いしながら働き続けている。こういう働き方が、もっと当たり前になっていくといいなと思います。

まとめ

というわけで、今日は高齢者の就労と自己効力感について、歩きながら考えてみました。「働く=苦役」じゃなくて「働く=小さな成功体験の積み重ね」という視点で捉え直すと、70歳まで働く時代も、そんなに悪くないのかもしれません。

もちろん、体に鞭打って働くのがいいと言ってるわけじゃなくて、無理のない範囲で、自分が役に立てる場所で働くということ。それが心の健康にも、社会全体にも、プラスになるんじゃないかなと思っています。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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