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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.11.4
京都の飲み屋で考えた、「外国人が土地を買う」話と排外主義の心理学 – 歩きながら考える vol.160
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、「外国人が土地を買ってる」という危機意識を社会心理学の古典的な実験から読み解く話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は仕事場まで移動する時間を使いながら、最近飲み屋でよく聞く話について考えてみたいと思います。テーマは「なぜ私たちは『外国人』を警戒するのか」。社会心理学の古典的な実験から、現代の排外主義のメカニズムまで、ゆるく話してみようと思います。
京都の飲み屋で聞く「あの話」
僕、いろんな理由で町の飲み屋に行くんですけど、その目的の一つが、普段仕事や大学であまり出会わない人たちと話すことなんですよ。で、最近京都の飲み屋で政治の話になると、結構な頻度で出てくる話題があるんです。
それが、「外国人が土地を買っている」という話。
8割方が中国についての話で、2割ぐらいがブラックストーンみたいな欧米の巨大金融資本に対する警戒感。投資目的で、金儲けのために外国人に土地が買われている、と。で、それに対して「規制するべきだ」という意見が出てくる。
もちろん、外国人嫌悪みたいな酷いことを言う人には僕はあまり会いません。でも、なんとなく「外国の人はちょっと…」みたいな空気感は確かにある。実際には、中国から来ている人も、欧米から来ている旅行者も、大半は普通の人で、土地投機とは何の関係もないと思いますけどね。
で、これって逆から見ても同じことが起こってるんだろうなと思うんです。日本人も一括りにされて、警戒感を持たれたり、反日感情のようなものをグループとして向けられていたりする。中国から見れば、「日本人は」とくくられて見られている側なわけです。
この構造、実は70年前の社会心理学の実験で、驚くほど明確に説明されているんです。

少年たちのキャンプが教えてくれたこと:ロバーズケーブ実験
1954年、社会心理学者のムザファー・シェリフが行ったロバーズケーブ実験という有名な研究があります。
実験はこんな感じでした。オクラホマ州のロバーズケーブ州立公園で、11歳から12歳の少年22人をサマーキャンプに連れていく。少年たちは互いに面識がなく、全員が白人中流階級の出身で、できるだけ条件を揃えた子どもたちでした。
第1段階:内集団の形成
少年たちは2つのグループに分けられ、お互いの存在を知らされずに別々の場所でキャンプ生活を始めます。レクリエーションをしたり、共同作業をしたりする中で、それぞれのグループは「イーグルス」「ラトラーズ」と名乗り、リーダーシップや役割分担が生まれ、強い仲間意識ができあがっていきました。
第2段階:競争と対立
ある時、研究者たちは「実はもう一つのグループがいる」ことを明かし、2つのグループを競争させます。スポーツの試合をさせたり、景品をかけた勝負をさせたり。
すると、驚くことが起こりました。それまで普通の良い子たちだった少年たちが、どんどん相手グループに対して敵対的になっていったんです。罵り合い、相手の持ち物を壊し、ほぼ喧嘩のような状態にまでエスカレートしました。
ソシオメトリックテストという友人選択のテストを行うと、ほとんどの少年が自分のグループ内の友人を選び、相手グループの少年は選ばれませんでした。
第3段階:和解への道
しかし、実験はここで終わりません。研究者たちは集団間の対立を解消する方法も試みました。
キャンプの給水設備が故障したという状況を作り出したり、食料を運ぶトラックがぬかるみにはまったという問題を設定したり。つまり、両方のグループが協力しなければ解決できない「上位目標」を導入したんです。
すると、少年たちは協力し始め、徐々に敵対感情が薄れていきました。協力作業の後にソシオメトリックテストを再度行うと、今度は相手グループの少年を友人として選ぶ割合が大幅に増加したんです。

希少な資源が生む「私たち」と「あいつら」
この実験から何が分かるか。人間は、集団に分けられると自然に「内集団意識」を持ち、自分のグループを贔屓するようになる。そして外集団に対しては警戒感や敵対心を持ちやすい、ということです。
特に重要なのは、希少な資源をめぐる競争がある時、この内集団意識がものすごく強固になるという点。
京都の飲み屋の話に戻ると、まさにこれだと思うんですよ。
日本は国土が狭く、土地は希少な資源です。京都なんて、特にコンパクトな町で、買える土地の数は限られている。その貴重な資源を「外のやつら」が買っているという状況を目の当たりにすると、「日本で生まれて日本で育って日本語を喋っている日本人」という内集団意識が強固になって、外国人に対する敵対心や排他的意識が活発化する。
でも、冷静に考えてみてください。実際のところ、土地を投資目的で買って、値段を吊り上げて、家賃を高くしているのは、外国人だけじゃないんですよ。日本人の投資家もいる。でも、それに対する批判はあまり起こらない。なぜなら、それは「内集団の中の話」だから。
一方、外国人がやると「けしからん」となる。このダブルスタンダード、まさにロバーズケーブ実験で見られた内集団バイアスそのものです。問題の本質は「外国人」じゃなくて「投機」なのに、内集団内の投機は不問にされます。
私、飲み屋で外国人の投機はけしからん、という人に「問題が、居住実態が無いのに投機目的で不動産を買うことなのであれば、外国人だろうが日本人だろうが関係なく、規制すべきじゃないんですか?」と言うんですが、全く理解してもらえません。問題は外国人なんだ、という強固な感覚があって、これは脳基盤に埋め込まれた内集団バイアスなんだと思います。

東アジアの上位目標:共通の危機としての少子化
さて、ここからが一番大切な話。
ロバーズケーブ実験が示したもう一つの重要な発見は、「上位目標」があると対立は解消していく、ということでした。
で、ここからが僕が強く思っていることなんですけど、東アジアには本当は、この「上位目標」があり得るんですよ。
それが、少子化です。
日本も中国も韓国も、合計特殊出生率が深刻な状況にあります。2023年時点で日本が1.20、中国が約1.00、韓国に至っては0.72。いずれも人口置換水準(2.07)を大きく下回っています。このままいくと、東アジア全体で地域の再生産ができません。
少子化の背景には、経済的困難、教育費の高騰、若者の雇用不安、仕事と家庭の両立の難しさなど、日中韓で共通する課題が多くあります。こうした問題を一つ一つ解決していくためにはどうしたって予算が必要になります。だったら、「少子化を解消する」ということを東アジア共通の上位目標として協働できないものなのか。
軍事費の話なんて、最たるものだと思うんです。お互いに警戒し合うから軍事費を積み上げていく。でも、もし「東アジアの安定と再生産」「少子化問題への共同での取り組み」という共通の目標を掲げるなら、相互に軍事費を積み上げている場合なのか?と思うわけです。
もちろん、国際関係は、給水設備を直すために協力した少年たちよりもはるかに複雑です。歴史的な経緯もあるし、政治的な利害もある。でも、シェリフの実験が教えてくれるのは、共通の課題に向けて協力する経験が、偏見や敵対心を減らす可能性があるということ。
今、京都の飲み屋で聞く「外国人が土地を買っている」という話の背後には、希少資源をめぐる競争心理がある。このまま行くと、これは間違いなく内集団バイアスに基づいた排外主義に行きつくと思います。投資自体が悪いとは思いませんが、土地みたいな希少資源への投資には、規制をかけるなり、税率を調整して投資案件として加熱しすぎないようにするなり、なにかしらの対応が必要なのかもしれません。
同時に、今高まりつつある排外主義的な動きには、東アジアとしての上位目標をどう設定出来るかがキモになると思います。
というわけで、今日は京都の飲み屋での会話から、ロバーズケーブ実験、そして東アジアの少子化問題まで、歩きながら考えてみました。「外国人」というラベルで人を見る前に、私たち自身が無意識の集団心理に巻き込まれていないか、一度立ち止まって考えてみる価値はあると思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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