YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える

2025.10.31

知らない人と話す力の磨き方 – 歩きながら考える vol.159

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、日本文化で育つと知らない人とスモールトークするのがすごく苦手になる問題とその対応策について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日も移動時間を使って、最近考えていることをシェアしようと思います。朝、日経新聞を読んでいたら、秋田の国際教養大学の図書館の話が出ていて、「あ、これは面白いな」と思ったんですよね。大学図書館に新しい役割が求められているという話なんですけど、これ、実は日本人のコミュニケーションの苦手さとか、中年世代のリスキリングとか、そういう話とつながってくるんじゃないかと思って。

図書館の役割が変わってきている

まず、日経新聞の記事で紹介されていたのは、国際教養大学の図書館が24時間365日開館していて、学生が夜中も週末も勉強しに来るという話です。9割の学生がキャンパス内の寮に住んでいるので、勉強するなら図書館に行く、という感じになっているそうです。

で、何が面白いかっていうと、図書館の豊田哲也教授が「学生が学術コミュニティーの一員であることを自覚でき、同時に人との交流を実現できる場として考えた。偶然の出会いをつくる装置として図書館を再認識した」と言ってるんですよね。

これ、すごく重要な指摘だと思うんです。だって、本の世界ってかなり電子化されてるじゃないですか。例えば、研究の世界だと、紙よりもPDFの論文の方が圧倒的に多いと思うんです。そうなってくると、「紙の情報を所蔵する場所」としての図書館の意味が薄れてくるわけです。

じゃあ図書館って何のためにあるのか。静かに本を読むだけの場所じゃなくて、人との交流が生まれる場所偶然の出会いがある場所として再定義できるんじゃないか。そういう話なんです。

「暑いですか?」問題ー日本にはスモールトークの場所がない

ここで思い出したのが、うちの研究室のブラジル出身の先生のエピソード。

その先生が、日本人とのコミュニケーションで困ったことがあると言っていて。例えば、何気なく「今日ちょっと暑いですね」って言ったんですって。これ、別に本当に暑いかどうかを議論したいわけじゃなくて、ただのスモールトーク、会話のきっかけですよね。

ところが、日本人は「すいません、暑いですか?」って言って、すぐにエアコンの温度を下げようとしたって(笑)。

これ、笑い話みたいだけど、すごく本質的な問題だと思うんですよ。日本人って、知らない人とスモールトークをする習慣があまりないですよね。会話のきっかけを作る、っていうコミュニケーションの作法が、文化として根付いていない。

どうしてこうなったのか、理由は色々あると思いますが、一つ重要な理由に、そういう場所が設定されてないからというのがあると思います。。

フランスとかイタリアとか、欧州の個人主義の国の会社を見ていると、コーヒースペースみたいなところがありますね。そこは、休憩する時にお茶やコーヒーを飲みながら、他の部署の人とちょっと話をする、そういう場所として定義されている。だから、そこに来る人は無意識的に「ここではスモールトークが起こる場所だ」っていう前提で入ってくる。

日本で育ってくると、そういう社会的な装置があまりないから、コミュニケーションの心構えがうまくできなくて、会話に入れないっていうことがよくあるなって、すごく感じています。

立ち飲み屋と関係流動性ー場所が行動を規定する

でも、日本にも実はそういう場所があるんです。昔の会社だとタバコ部屋。街中だと立ち飲み屋とか。

立ち飲み屋って、不思議と知らない人と話すじゃないですか。「この間も会いましたね」とか、カジュアルに会話が始まる。なんでかっていうと、立ち飲み屋という場所自体が「知らない人と話をする場所」として定義されているからなんですよね。

ここで社会心理学の概念を紹介したいんですけど、「関係流動性(relational mobility)」っていう言葉があります。簡単に言うと「その社会の中で対人関係をどのくらい自由に選べるか」ということです。

欧米みたいな個人主義の社会は関係流動性が高い。つまり、人との関係を自由に作ったり、切ったりできる。だから、ちょっと話してみて合わなかったら次に行けばいいし、合いそうだったらもっと話せばいい。そういうカジュアルなコミュニケーションが当たり前になっているんです。

一方、日本は関係流動性が低い社会。一度できた関係は長く続くし、簡単に切れない。だから、知らない人と話すことに対して構えちゃうんですよね。

北大の結城先生のグループの研究によると、世界39カ国の比較研究で、日本の関係流動性はかなり低いことが確認されています。

でも、グローバル化した社会で、特に欧米の影響を強く受けているコミュニティは基本的には関係流動性が高い場所になる可能性がすごく高いんですよ。だから、中年の、特に僕らの世代はもう本当に最重要だと思うんですけど、一番のリスキリングとして、コミュニケーション系のリスキリングが必要なんじゃないかなって、すごく感じています。

脳の回路をちょっと切り替える、そういう感じなんだと思うんですよね。

で、そのトレーニングをする場所として、立ち飲み屋とか、会社のコーヒースペースみたいな、「ここでは知らない人と話すのが当たり前」っていう場所を上手く使って、脳の回路を切り替えるトレーニングを繰り返し、繰り返し行っていくのが良いんじゃないかと思っています。

図書館をコミュニティのハブに再定義する

じゃあ、図書館はどうなのか。

図書館も、そういう「偶然の出会いがある場所」として再定義できるんじゃないかと思うんです。特に大学の図書館はもちろんですけど、公共の図書館も同じことが言えると思います。

今、公共図書館って、定年したおじさんが時間つぶしに行く場所みたいな感じになっちゃってるじゃないですか。でもそうじゃなくて、もう少しコミュニティのハブとしての役割を果たす場所になれると思うんですよね。

具体的には、例えば期間限定で何か展示をするとか、特定の作家やジャンル、研究領域をフィーチャーしたブックフェアみたいなインスタレーションをやるとか。そうすると、そこに来た人に共通の話題ができるわけです。「この展示、面白いですね」みたいな、スモールトークのきっかけができる。

これって、心理学で言うアフォーダンスの考え方に近いんじゃないかと思うんですが、環境が人に「こういう行動をするといいよ」っていうメッセージを送る感じ。展示があって、人が立ち止まって、移動して、また違う展示を見て…という人の流れができると、自然と「ここでは知らない人と話してもいい場所なんだ」っていう雰囲気が生まれるんじゃないかと思うんです。

これからの図書館って、電子化が進む中で新しい役割を再定義するとしたら、「人が集まって、交流が生まれる場所」としての役割を果たすことが大事なんじゃないかと思います。

まとめ:場所を再定義して、コミュニケーションを変える

というわけで、今日は図書館の話から始まって、日本人のコミュニケーション、関係流動性、中年のリスキリングまで、歩きながら考えてみました。

結局、何が言いたいかっていうと、場所の使い方・位置づけを変えることで、コミュニケーションの仕方も変えられるってことなんですよね。

日本にはもともと関係流動性が低い文化があって、知らない人とカジュアルに話すのが苦手。でも、グローバル化した社会ではそういうスキルが必要になってくる。だったら、図書館とか、会社のコーヒースペースとか、そういう場所を「偶然の出会いがある場所」として再定義して、そこでトレーニングを積んでいけばいいんじゃないか。

日本文化に染まった状態からのリスキリングとして、すごく大事なことなんじゃないかなって思います。

最後まで読んでくれて、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」で会いましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

立ち飲み屋で見えてきた「席がない時代」の生き方 – 歩きながら考える vol.133

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.9.24

立ち飲み屋で見えてきた「席がない時代」の生き方 – 歩きながら考える vol.133

今日のテーマは、立ち飲み屋から考える関係流動性と中年男性の生き方について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好... more

角打ちが日本を救う?イギリスのパブ文化から考える社交の場 – 歩きながら考える vol.157

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.10.29

角打ちが日本を救う?イギリスのパブ文化から考える社交の場 – 歩きながら考える vol.157

今日のテーマは、角打ちとか立ち飲み屋がこれから日本で重要になるのではないか?という酒飲みの私の希望的観測について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとし... more

昭和と令和で変わらない事(上)|ほうれんそう運動に見る日本文化

組織文化の作り方

2020.5.22

昭和と令和で変わらない事(上)|ほうれんそう運動に見る日本文化

30年位前の経営論を読むと発見がある サービス業において、企業の付加価値は、その創出を担う人材と組織の質に依存してきます。その為、経営層にとっては、どのように優秀な人材を確保し、トレーニングし、個が上手く協働する組織を作... more