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組織デザインを考える

2019.6.4

トルシエ監督のリーダーシップはなぜ評価されたのか?

渡邉 寧 | 株式会社かえる 代表取締役

リーダーシップとは何か?

折に触れて思うことではありますが、

「リーダーはこういう行動をとるべきだ」
「これからの時代のリーダーはこういう人だ」

といった言説を聞くと、「ほんとかな?」と思います。特に、「トップダウン型のリーダーシップは機能しないので、個人の主体性を尊重するリーダーシップスタイルを取るべきだ」といった系統のリーダーシップスタイルは慎重にその有効性を吟味した方が良いと感じます。

個人的には、個人が自立性と主体性を持って動く組織に価値を感じますが、それが唯一のリーダーシップスタイルではありません。そもそも、リーダーシップとはフォロワーが居て初めて成立する、リーダーとフォロワーの間に成立する相互作用のことなのだから、フォロワー視点を無視して、「リーダーはこういう行動をとるべきだ」/「これからの時代のリーダーはこういう人だ」という主張をすること自体がおかしな話だと感じます。

フィリップ・トルシエ監督という「リーダー」

1999年のサッカーワールドユース(現U-20W杯)で世界2位の快挙を成し遂げた「黄金世代」の回顧録をSportivaが連載していて、当時の代表選手達が1人1人当時を振り返っています。その中で、このチームの監督だったフィリップ・トルシエ監督について複数の選手が言及しているのですが、これが非常に興味深い。

 

全員が共通して言っているのは、トルシエ監督が高圧的で激情的で強引なチームマネジメントだったということ。例えば、永井雄一郎は

トルシエからは、けっこうひどい扱いを受けていたんですけどね。髪の毛をつかまれて頭を水の入ったバケツに入れられたり、散歩しているといきなりフォーメーションの練習を始めて、水がないとトレーナー陣を怒鳴り散らしたり、初戦に負けたら『日本食ばかり食っているから負けるんだ。現地のものを食え』って怒鳴ったり

と言っています。

今の時代で、例えば会社でこんな上司が居たとしたら間違いなくパワハラで訴えられると思いますが、興味深いのは選手たちがこうしたトルシエのやり方にリーダーシップを認めるようになっていったという所。

それは各選手の回顧録に出ており、例えば、GKの南雄太は、

「これほど選手のマネジメントがうまい監督はいないのではないか」と思うまでになった

と言っており、播戸竜二は、

俺らが若かった、というのもあるけど、トルシエ監督にうまいこと育てられたな、って感じがする

と言っており、また、小野伸二に至っては、

いろいろな監督のもとでやってきましたが、僕にとっては、歴代代表監督の中ではトップですね

と言っています。

フォロワー研究から見たフィリップ・トルシエ監督という「リーダー」

滋賀大学の小野善生さんは、フォロワー視点から見たリーダーシップの研究をされています。その中で、フォロワー視点の語りから見るとリーダーシップの類型には「開眼」「共鳴」「感謝」という3つがあると述べています。(出典「フォロワーが語るリーダーシップ」)

フィリップ・トルシエ監督に関する「黄金世代」の選手達の語りをこの類型に当てはめてみると、正に「開眼」(もしくは「共鳴」)におけるフォロワーのリーダーシップ受容のプロセスが見えてきます。

開眼の語りにおけるフォロワーの語りからは、

既存の仕事に対する考え

リーダーによる否定

当惑

リーダーからもたらされる新たな知見

納得

仕事に対する新たな考えが得られた喜び

リーダーシップの認知

という流れでリーダーシップが認知されるとモデル化されています。

選手誰もがトルシエ監督の高圧的な態度や、やり方の全否定に「当惑」するわけですが、その後のプロセスの中でリーダーシップを認知していきます。

このプロセスに関して、例えば永井雄一郎は、スタメン起用に応えられず5試合無得点だったにも関わらず自分をスタメンで使い続けているトルシエ監督に対して、

いろいろありましたけど、自分を信頼してくれているのは感じていました

と言い、その上で、

『トルシエのやろうとしているサッカーってなに?』って聞かれた時、みんな『フラット3』と明確に言えるじゃないですか。それくらい、自分のやろうとしているサッカーを選手が表現できるまで植え付けた。だからこそ、結果が出たんだと思います

と言っています。

トルシエ監督は「フラット3」という戦術を「新たな知見」としてチームにもたらし、それを徹底してチームに導入しました。永井雄一郎の語りは、「フラット3」に「納得」しそれによって結果を出すことが「仕事に対する新たな考えが得られた喜び」となり、リーダーシップの認知へとつながっている様と解釈することが出来ます。

また、こうした「新たな知見」はゲーム戦術だけに留まらず、チームマネジメント手法に関しても語られています。トルシエ監督は、チーム内のスタメンとサブメンバーが健全な競争関係を持つようにスタメン発表や、試合途中でのサブメンバー起用などを行っていたことが語られています。GK南雄太はこのことについてカズ(三浦知良)と話し、

カズさんは『(トルシエ監督は)あの当時の日本に合っていたし、型にはまらず、(選手に)チャンスをうまく与える監督だな』と言っていました。僕も、実は(あのワールドユースに臨んだチームにおいては)トルシエ監督がいちばんチームに活気を与え、いい雰囲気を作っていたんじゃないかって思っています

と評価しています。

日本におけるリーダーシップの在り方を考える

私は、トルシエ監督のリーダーシップの在り方は非常に興味深いと思っています。なぜなら「日本の組織」という文脈を考えると、彼の取ったアプローチが企業組織でも参考になるのではないかと思うからです。

「リーダーシップをどう取るか?」は、組織や組織を束ねる長の立場にいる方々にとって差し迫ったテーマで、多くの研究や実践の言説があります。

しかし、リーダーシップとはリーダーとフォロワーの間に成立する相互作用なので、「どのようなリーダーシップが有効に機能するか?」を考える際にはフォロワーの視点を考慮することが欠かせません。

小野善生さんの研究は、「日本」の文化的土壌で調査・分析をした際に「開眼」「共感」「感謝」というリーダーシップ認知のプロセスがあったことを示しています。そして、トルシエ監督のリーダーシップの取り方は、「開眼」のリーダーシップ認知プロセスに沿っているように見えます。

「黄金世代」は全員一流のプロサッカー選手であり、そうした集団におけるリーダーシップの取り方は通常の企業組織におけるリーダーのリーダーシップとは異なると考えられるかもしれません。しかし、こうしたプロ集団においても、企業の事例調査で見られたリーダーシップ認知パターンと同じものが観察されていることは興味深いと感じます。

私は、日本の組織においてはトルシエ監督型のリーダーシップが機能することは多いだろうなと考えています。もちろん、「髪の毛をつかんでバケツに頭を突っ込む」(永井雄一郎の事例)ような行動は今の企業組織では問題行動になってしまうので慎む必要があります。しかし、そうした表面的な行動を除いた裏にあるリーダーの意図と行動は参考になる部分が大きいと感じます。小野善生さんは、「開眼」のリーダーシップ認知の背後には、リーダー側の

フォロワーの目指すべきものと現状の乖離

結果を予測して解決策を用意

解決策を提示

フォロワーを説得

フォロワーの成長を促す

という認識と行動のパターンがあると述べます。つまり、「開眼」のパターンでリーダーがリーダーシップを発揮していると認知されるためには、「解決策を提示」する必要があるのです。その上で「フォロワーを説得」し、「フォロワーの成長を促す」必要がある。

トルシエ監督は「フラット3」というキーワードを持ち込んだわけですが、同様に企業組織でリーダーになることを目指す人も、何らかの「言語化された解決策」を組織に持ち込む必要があると思うのです。

小野善生さんの類型化でも「開眼」「共感」「感謝」と、3つのリーダーシップ認知パターンがあるように、「解決策を提示」することだけがリーダーのパターンではありませんが、トルシエ監督の事例からも見えるように、日本の組織においてはそれが有効に作用する可能性は高いだろうな、と感じます。

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。 株式会社かえる 代表取締役

プロフィール詳細

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