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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.4.9 NEW
AIに「場づくり」はできるか? – 歩きながら考える vol.266
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、人が集う場を作る仕事はAIにできるのか、ということについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日もちょっと考えごとをシェアしようと思います。きっかけは飲み屋で聞いた話なんですけど、これがなかなか面白くて、リベラルな人の線引きとか場のオーナーシップ、それからAIにできること・できないことみたいなところまで広がっていったので、歩きながら話してみます。
リベラルな人ほど線を引いてしまう逆説
この間、飲み屋で話してたんですけど、リベラルな価値観を持っている人の中に、かえって対話のシャッターを閉めてしまう人が結構いるよねっていう話になったんですよね。
考えてみると、これってちょっと不思議なんですよ。反差別とか多様性とか、リベラルが大事にしている価値観って、まさに「あいつら」と「我々」の線引きに注意しようっていう話じゃないですか。にもかかわらず、なぜかその線引きを一番厳しくやってしまう人がリベラル側にいる。
具体的に出てきた例が、去年の大阪万博の話。2025年の大阪・関西万博の仕事をしたというだけで、「もうこの人とは話ができません」みたいなカテゴリー付けをされてしまって、対話が成立しなくなったケースがあったらしいんです。
これ、別に万博に限った話じゃなくて、自分がどうしても許容できない活動に関わっている相手に対して「もう話せない」っていう感情になること自体は、自然な人間のこころの反応だと思うんです。考え方が大きく違う人に対して違和感や怒りが湧くのは、おかしなことじゃない。
ただ、その自然な感情を、そのまま「この人とは一切対話しない」という態度に直結させてしまうと、自分が大事にしているはずの多様性や対話の価値と矛盾してしまう。そこに気づけるかどうかって、結構大事な話だと思うんですよね。

「うちの店でそういうシャッターを閉めるのはやめてくれ」
その飲み屋の共通の知り合いが、まさにそういう状態になったらしいんです。心情的に許せないプロジェクトの仕事をした人に対して、シャッターを閉めるように対話を断絶した。
で、それに対してお店の方が言ったのが、これなんですよね。
「外でやってもらう分には全然いい。それぞれ信じる道が違うっていうのはあるし、対話しないっていうのも全然いいんだけど、うちの店にいるんだったら、そういうシャッターを閉めるみたいな態度はやめてくれ」
僕はこれ、非常に面白いなと思いました。
つまり、通常だったら断絶してしまう関係性が、「この場ではシャッターを閉めないでくれ」というルールによって、その場限定でもいいから繋がり直すことがあり得る。小さなコミュニティのオーナーシップが、個人の心情の限界を補完しているとも言えるわけです。
今の社会って、SNSでもリアルでも、価値観の合わない人とはそもそも接触しない方向にどんどん進んでいるじゃないですか。フィルターバブルとかエコーチェンバーとかよく言われますけど、その流れの中で、飲み屋の店主が「うちではシャッターを閉めないでくれ」と言うことの意味って、結構大きいんじゃないかなと思うんです。
ルールじゃなくて、「いたい」と思える場の力
ただ、ここで大事なのは、店主がルールを提示しただけでは、この話は成立しないってことなんですよね。
だって、「うちの店ではそういう態度はやめてくれ」と言われて、「じゃあもうこの店来ません」ってなったら終わりじゃないですか。このルールが機能するためには、その店にいたいと思える理由がないとダメなんですよ。
じゃあ何がその理由になるかっていうと、これがすごく重層的なんです。お店の雰囲気、料理、お酒、他のお客さん、交わされる会話。そういう様々な魅力の複合体に惹きつけられて、「この場に関わっていきたい」と思えるから、ルールを受け入れようという気持ちになる。
つまり、対話を可能にしているのはルールそのものではなくて、「ここにいたい」と思わせる場の魅力なんですよね。帰属の欲求が対話の条件になっていて、ルールはその欲求があって初めて機能する。

これは今のところ、人間の仕事だと思う
で、僕はこういうことを考えると、どうしても「これはAIにできるんだろうか」という問いを考えるわけです。
AIは、オンラインコミュニティのモデレーションならできると思います。ルールの設定と運用、不適切な発言のフィルタリング。そういう意味での「ルールの管理者」にはすでになれると思います。
でも、さっき話した飲み屋の店主がやっていることって、ルールの管理じゃないんですよ。その人がそこにいて、料理を作り、酒を選び、客と顔を合わせ、長い時間をかけて関係性を積み上げてきている。その身体的な存在と来歴の蓄積があるから、「うちの店ではそういう態度はやめてくれ」という言葉に重みが生まれるわけで。
もちろん、将来、身体を持って来歴を持つようなAIが現れたら、そういうことも可能になるのかもしれません。でも少なくとも今は、場を作る、場のルールを作る、そしてそのルールを守りたいと思えるような魅力的な場所を作るっていう仕事は、すごく人間的な話だなと思いました。
まとめ
というわけで、今日は飲み屋の店主の一言から、対話の条件について歩きながら考えてみました。分断が深まる社会の中で、小さな「場」が果たしている役割って、案外大きいのかもしれません。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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