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2026.4.8 NEW

「合う左派」と「合わない左派」がいるのはなぜか? – 歩きながら考える vol.265

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、リベラルの中にある「温度差」について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日はですね、昨日の飲み屋での体験から考えたことを話してみようと思います。僕はけっこう飲み屋で政治の話をするんですよ。普段自分の周囲にいない人と話す機会って飲み屋だと結構あるわけで、いろんな人がどう考えてるのかを知るにはすごくいい場だなと思っていて。もちろん相手が嫌がるなら絶対しないんですけど、話せるなら話す、という感じです。

で、昨日、いつも行く近所のお店で隣の方と話をしたんですけど、そこで感じた「リベラルにも色々あるな」っていう感覚が、ちょっと面白かったんですよね。

左京区という街の空気

その方は左京区でお店をされてる方だったんですね。京都って11区あるんですけど、その中に左京区っていう区がある。京都大学の本部があるのも左京区で、鴨川の東側の北の方ですね。ここ、京都の中でもちょっと独特な雰囲気があるんです。

個人商店が多くて、しかも個性的なお店をやられてる方がたくさんいる。サブカル・アングラな感じもあって、自由な空気が流れてる。昨日話した方によると、ヒッピー文化の頃から、権力に対するカウンターカルチャーを持つ土壌があるんだそうです。

左京区の雰囲気って、全体としてどちらかと言えばリベラルだと思います。ただ、リベラルと一口に言っても、実は色々あるなということを最近すごく感じていて。同じように社会正義や持続可能な世界を目指しているはずなのに、なんかこう、雰囲気が全然違うリベラルがある。この差はいったい何なのか。ちょっとホフステードの文化次元で考えてみたいと思います。

男性性のリベラルと女性性のリベラル

ホフステードの文化次元には「男性性 vs 女性性」という軸があります。男性性が高い文化では、競争や達成、高い目標の追求が重視される。一方、女性性が高い文化では、生活の質や調和、お互いへの思いやりが大切にされる。

で、リベラルの中にも、この軸で分けられる2つのタイプがあるんじゃないかと。

1つは個人主義・男性性のリベラル。こうあるべきだという理想を明確に掲げて、そうなっていない現状に対する怒りを原動力にして社会変革を進めていく。アメリカのリベラルは、文化的スコアで見ても個人主義91・男性性62なので、このパターンに近いんじゃないかと思います。「なぜこの不正義を甘んじて受け入れているんだ」という怒りが、運動のエンジンになる。

もう1つは、女性性のリベラル。コミュニティとして調和を取れた状態生活の質を高めていく。人それぞれ事情があって、できること・できないことがある。それをわかった上で、少しずつでも前進していく。僕はこっちを勝手に「温かい左派」って呼んでいるんですけど、左京区で感じる空気感はこっちの方だなと、これまた勝手に思ってます。

どちらも目指す方向は同じで、公正な社会、持続可能な世界。違うのは、理想への近づき方の文化的スタイルなんですよね。

リベラルが「乗れない」と思われる理由

ここで気になるのが、今の日本でリベラル系の政党に対する嫌悪感みたいなものを感じることが増えているということです。飲み屋で若い人と話していても、リベラルって本当に人気がない。これはなぜなんだろうと。

ホフステードのデータは元々1967年から1973年にかけてIBMの従業員を対象に収集されたものですが、日本のスコアは男性性95で世界最高レベルです。で、まさにこのデータが測定された60年代から70年代にかけての日本の左派運動って、どちらかというと男性性寄りだったんじゃないかなと思うんですよ。理想を掲げ、妥協を許さず、現状を激しく批判する。その怒りのエネルギーで社会を変えようとしていた。

日本のリベラルのイメージって、なんかいつも批判ばっかりしている、建設的でない、と思われているように感じますね。そう思われる理由は、理想と現実とのギャップを重視するにも関わらず、問題解決につながっていない(ような気がする)ということにあるように感じます。理想の中身に反対しているわけじゃなくて、理想の届け方に気持ちがついていかない。

一方で、左京区に漂っているような空気感、つまり女性性のリベラリズムは、ちょっと違う未来像を見せてくれる気がします。例えば、丁寧で、健康的な暮らしって良くない?という提示の仕方。食べるものや必要なエネルギーを身近な自然の中から賢く取ってくるような生き方。そういう暮らし方って、実は今はテクノロジーの進歩もあって、結構手軽に、無理なくできる時代になってきているんじゃないかと。そんな未来像を、みんなで知恵を出し合いながら形にしていく。そういうことを提示しているように見えます。こっちの方が、気持ちとして乗れる人は多いんじゃないでしょうか。

僕個人としてどちらに「乗れる」か

ここまでの話は、どちらが正しいかという話ではなくて、個人の価値観とのマッチングの問題だと思っています。どちらがしっくりくるかは人による。

その上で、僕個人の体験を正直に言うと、大学で割とリベラルな先生と話す時に、ちょっとついていけないなと感じることがあるんですよね。地球温暖化にしても人権にしても、理想とのギャップを厳しく批判するスタンス。理想自体には共鳴してるのに、感情として乗れないっていう感覚が出てきてしまう。僕は大企業に勤めていたわけで、「お前は資本主義に加担してきたんだろう」と言われてる気さえしてしまうところがある。

これって、上で整理した枠組みで言えば、男性性のリベラルに対して僕の価値観が合っていない、ということなんだと思います。

逆に、左京区で感じるような「できることから一歩ずつやっていきましょう」という空気には、素直に「それなら自分も」と思える。僕個人としては、「温かい左派」の方が気持ちとして乗れるんですよね。

もちろん、「温かさ」を重視するあまり、構造的な不正義への批判が鈍るリスクはあるかもしれません。怒りの左派が担ってきた「妥協しない」という姿勢には、やはり社会的に重要な役割がある。この2つの型がどう共存できるかっていうのは、また別の面白いテーマだと思いますが、それはまた今度考えてみたいなと。

というわけで、今日は飲み屋で感じた「リベラルの温度差」を、ホフステードの文化次元で考えてみました。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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