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今日のテーマは、AIへの依存と幸福の関係について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日はちょっと、ぶったまげた話をしたいと思います。僕、今ちょうどAIへの依存形成に関する論文を書いていて、投稿先の雑誌を探してたんですよ。AI関係で採択してくれそうな雑誌を見ていたら、Springer NatureのAI & Societyっていうジャーナルが目に留まって、どんな雑誌なんだろうと調べていたんです。そしたら、Google検索で、東京の私立校である海城高校のニュースリリースが出てきた。高校1年生の走出慧太君の論文がAI & Societyに掲載されました、と。
見たら、ちゃんとジャーナルで採択されてるんですよ。しかも単著で。もうびっくりしましたね、ほんとに。
博士号取得の要件を高1がクリアしている
なんでびっくりしたかというと、学術誌に論文を載せるのって、博士課程の博士号取得の要件だったりするわけですよ。博士号取る時も、もう1本論文載せるのが大変で、みんなヒーヒー言ってるわけです。なかなか博士号取れないね、なんて話はよく聞く。それを高校1年生が、しかも英語の国際学術誌に単著で通しちゃってるわけです。
論文の内容は僕の専門とはちょっと違うんですが、アメリカの刑事司法で使われているCOMPASという再犯リスク予測ツールをケーススタディに、AIの判断に説明をつければ安全という考え方に対して構造的な問題を指摘した論文です(論文リンク)。結論としては、計算過程そのものを最初から透明にする設計にすべきだという方向を打ち出しています。
この手の議論って、研究者の中でも重鎮の先生が書いたり、かなり先鋭的な研究者が書いたりするタイプの話じゃないかと思うんですよ。まあ、分野によるのかもしれませんが。それを高校1年生が書いて、査読を通している。ちなみに高校生の著者は、Gemini 2.5 ProやGPT 5などのLLMを文献の翻訳やインデックス化、議論の深化に活用したと述べています。

「プロの壁」はパターン認識だった
で、僕がこの話を聞いて考えたのは、もちろんこの著者が極めて優秀だから例外的事例かもしれないということはあるんだけど、それを踏まえても、今後こういう例は構造的に増えるんじゃないかということです。
なぜかというと、プロの研究者をプロたらしめていた要素の多くが、パターン認識だったからです。その領域の膨大な先行研究の知識、議論の作法、ターミノロジーの使いこなし、引用すべき文献の選定——こういったものは、大量の論文を読み込む中で身につけていくものでした。以前だったら、査読の時に「これも引用してない、あれも引用してない」と指摘してくる査読者の方がいたりしたわけですが、今やAIを使えば「でもこっちの領域ではこういう議論もされてまして」と、人間の専門家が覚えている以上のことを言ってきます。
この構造は研究に限った話ではなくて、弁護士、税理士、官僚、コンサルタントなど、文書の蓄積が価値の源泉だった専門職すべてに当てはまります。膨大な判例を知っていること、通達と実務慣行を熟知していること、政策文書や法令の体系を把握していること、フレームワークと事例を網羅していること——これらはすべてパターン認識であり、LLMが最も得意とする領域です。つまり、従来の専門家の参入障壁が構造的に下がり、競争が激化するということが起きている。

じゃあ何が残るのか?
とはいえ、パターン認識がすべてだったわけではないはずです。AIが型を整えてくれたとしても、主張の筋に違和感を持つ感覚や、通念に対して「本当にそうか?」と引っかかるセンスは、知識の量とは別の次元にあるように思います。専門家の価値がゼロになるのではなく、何か別のものに移行しつつある。
一つ言えそうなのは、知識の量や網羅性ではなく、その人ならではの主張の切れ味や着眼点のユニークさ——いわば「味」のようなものが差別化要素として浮かび上がってくるんじゃないかということです。誰がやっても同じになる部分をAIが吸収した結果、その人の来歴に基づいたその人にしか出せないものが前面に出る競争になる。
もしかすると今回のケースでも、高校生——α世代の感性から出てくる視点の鮮度みたいなものが、査読者の目には「味」として映ったのかもしれない。まあ、わからないですけどね笑。査読者はかなり上の世代でしょうから。
まとめ:「何年修行したか」から「何を言えるか」へ
というわけで、今日は高校1年生がSpringer Natureの学術誌に単著で論文を通した話から、AI時代に専門家の価値がどこに残るのかについて、歩きながら考えてみました。パターン認識としての専門性の壁が崩れつつある中で、経験年数ではなく、その人の「味」で勝負する時代になっていく。それは従来の「何年修行したか」で勝負の土台に乗れるかどうかが決まる世界より、ある意味面白い変化なのかもしれません。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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