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ブログ歩きながら考える

2026.3.24 NEW

アンケート調査が古臭くなった日 – 歩きながら考える vol.254

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIエージェントが変える実験と実務の未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は週末の散歩がてら、昨日研究室の学生と話していて「これは今後の研究が激変するな~」と感じた話をシェアしようと思います。

学生との会話で感じた可能性

昨日、研究室の学生と経済ゲームの実験の話をしていたんです。グループで取引をさせて、インセンティブの構造を変えた時に人がどう振る舞うかを見る、みたいなよくある実験なんですが、その学生は人間の代わりにAIエージェントに実験をやらせているわけですね。

AIエージェントなら、環境設定をいじれる。どういう文化的規範をどれぐらい内在化しているか、どういう制度条件の下にいるかを変数として操作できる。極端な話、「過去の時代の参加者」をAIで作って実験させることすらできるかもしれない。

この話を聞いた時、「これは近い将来の研究の当たり前を変えそう」という感覚を持ちました。僕は今、自治体や企業の幸福度調査に関わっていますが、こうした調査も、調査を基にしたデジタルツインの街や組織を形成してシミュレーションを回すのが当たり前になる可能性が高いと思っています。人間の参加者を集めて調査票を配って、数ヶ月かけてデータを取って分析する——これ自体がなくなるとは思いませんが、シミュレーションを組み合わせることでより調査の価値を上げることが出来る。

AIを実験参加者にする研究が積み上がっている

実際、この領域は想像以上に動きが速いようです。

Homo Silicus」「Generative Agents」「Silicon Samples」といったキーワードで、LLM(大規模言語モデル)を実験参加者として使う研究が急速に積み上がっています。MITの研究者が経済ゲームをAIエージェントにやらせて人間と類似した結果を得たとか、Stanfordの研究チームが実在の1,000人以上をインタビューしてAIエージェントを構築し、社会調査への回答を再現させたとか。再現の精度は今後どんどん上がっていくでしょう。

日本でも大阪大学のグループが、AIエージェントに特定の価値観を埋め込み、エージェント同士を実際に対話させるという実験をしていました。結果、価値観の類似度が高いペアほど互いへの信頼や親密さの評価が高まったそうです。「価値観が似ている人同士は信頼し合いやすい」というのは社会心理学では知られた話ですが、それがどんな会話のやりとりを経て起こるのかを具体的に観察できるようになるのは面白いな、と思いました。

マーケティングの領域でも同じ流れが来ていて、仮想市場にAI消費者エージェントを配置し、製品や価格、広告を変数としてシミュレーションする研究が出始めています。Qualtricsが14カ国3,000人以上の専門家に行った調査を見ると、背景にあるのは予算の制約プライバシーの問題調査疲れによるデータの質の低下といった従来型調査の構造的な課題で、AIによる合成回答(synthetic responses)で市場の反応を先にシミュレーションしてから人間で確かめるという流れが、専門家の間でかなり広く支持されつつあるようです。

シミュレーションできるなら、試行もできる

僕がこの一連の話に一番可能性を感じているのは、ここからです。シミュレーションと実務の距離が一気に縮まるという話。

シミュレーションできるということは、研究ができるだけじゃなくて、実際に試せるということでもある。これが持つ意味は大きいと思っています。

たとえば、マネジメントの世界にはP-Oフィット(Person-Organization fit)という考え方があります。個人の価値観と組織の価値観が合致しているほど、仕事への満足度やパフォーマンスが高まるという話で、研究としてはかなり実証が積み上がっている。でも、じゃあマネジャーが「安全志向の強い部下にどう声をかければ信頼が生まれるか」を具体的に知りたいと思った時に、調査票データの分析を見ても答えはない。

ところが、AIエージェントに特定の価値観やパーソナリティを埋め込んで対話相手を作れるなら、話が変わってきます。「安全志向の強いメンバー」「挑戦志向の強いメンバー」といったAIエージェントを相手に、実際に声をかけてみる。反応を見て、やり方を変えて、もう一度試す。これはもうリーダーシップ・トレーニングそのものですよね。

消費者調査でも同じことが言えて、新商品を出す前にAI消費者で反応を見て仮説を絞り込み、それから人間で確かめる。大規模サーベイを一発で打つのではなく、まずシミュレーションで筋の良い仮説を見つけて、人間で検証する。研究のプロセスもマーケティングのプロセスも、この二段構えに変わっていくのかもしれません。

研究と実務の境界が溶け始めている

研究で「傾向」として分かっていたことが、シミュレーションで「体験」として試せるようになる。これは、論文の書き方や研究のやり方が変わるという話にとどまらなくて、研究の知見がそのまま実務のツールになるということだと思います。

僕自身、ホフステードの文化次元を使う立場として、この話は非常に興味深いと感じます。たとえば、調査で「この組織は不確実性の回避が高い」と分かった後に、じゃあそういうにおいてどんなコミュニケーションが有効なのかをシミュレーションで試せるようになったら、調査結果の活用の幅がまったく変わる

研究と実務の境界が溶け始めている。昨日の学生との会話で、その感覚がますます強くなりました。今のうちに目を配っておくべき領域だと思います。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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