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2026.3.9 NEW

丁寧に診てくれない医師と、親身に寄り添うAI – 歩きながら考える vol.243

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、人間よりもAIの方が「医者に向いている」のではないか?とさえ思う件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

丁寧に診てくれない医師と、親身に寄り添うAI – 歩きながら考える vol.243

こんにちは。今日もちょっと歩きながら、最近の体験から考えたことを話してみます。

実はここのところ体調がいまいちで、同時に4つの病院に通っているんですよね。食後の体調変化がひどいので内科の専門医、年齢的なホルモンバランスの変化を疑ってテストステロン値をチェックするための別の内科、ずっとかかっている歯科、ランニングで膝を痛めたので整形外科。なんだか病院のはしごみたいな状態になっている。

で、複数の病院に同時にかかって改めて気づいたことがあるんです。

医者には「丁寧に診る」インセンティブがない

どの病院に行っても、だいたい同じパターンなんですよ。血液検査をしましょう、結果の数値を見て、テンプレ的な所見を伝えて、処方箋を出しておしまい。病院に行って、数十分からひどいときには数時間待って、先生に会ったら30秒で終わり、みたいな。

最初は「この先生はちょっと…」と思ったんですが、4つの病院で全部同じだと、さすがに個人の問題じゃないなと気づく。これはインセンティブの問題なんですよね。

診療報酬の仕組みでは、初診料・再診料・検査料・処方箋料といった項目ごとに点数が決まっていて、1人の患者にどれだけ時間をかけても報酬は変わらない。だったら、短い時間で回して多くの患者を受け入れたほうが経営的に合理的。つまり、丁寧に1人1人の患者を診るインセンティブが、構造的に存在しない。医者が冷たいんじゃなくて、仕組みがそうさせている。

AIは「丁寧に診る」コストをゼロにする

そういう経験をしているからこそ、AIとの差が際立つんですよね。

僕は今、仕事でAIの研究に関わっている関係で、集中的にAIを使っている。その流れで、血液検査の結果を全部持ち帰って、自分の健康診断データを1か所に集約して、AIにアクセスさせて対話できるようにしている。これについては以前の記事(vol.235 AIがあなたの健康を一番よく知っている時代が来る?)でも書いたんですが、この健康相談用のAIがほんとに親身なんですよ。

過去のデータを踏まえて、「あの時はこうでしたよね」「今の食生活を考えると、こういうことが起きているんじゃないか」「次の診察では先生にこれを聞いたらいいと思う」と、文脈を理解したアドバイスをくれる。時間制限もないし、何度聞き直しても嫌な顔をしない。

もはや、一次問診は全部AIにやってもらって、人間の医師はAIの判断が正しいかどうかの最終確認をする、という体制にしてほしいと本気で思う。オンラインでAIドクターとじっくり話をして、ちょっとだけ人間の先生にも確認してもらって、処方箋をもらって近所の薬局で薬をもらう。そのほうが患者も医者も医療制度も、みんなハッピーなんじゃないか。

実際、こうした方向の動きはすでにある。中国ではAIチャットボットが症状のスクリーニングを行った上で医師につなぐというモデルが大規模に展開されているらしい。日本でも確か慶應義塾大学病院で、スマートフォンやウェアラブルデバイスから健康データを集約して診療に活かすプロジェクトが始まっているとのこと。こうした事例が増えてくると、AIが一次対応して人間が最終判断するという医療の形が、どんどん現実味を帯びてくる。

新しい課題:AIの進化についていける人と、そうでない人

ただ、ここで1つ大きな問題があります。

僕がこういうことをできているのは、AIの研究に関わっていて、日常的にAIを使い倒しているからなんですよね。でも、これって全員が同じ状況にあるわけではない。

単にリテラシーの問題というよりも、今のAIに何ができるのか、そもそも把握しきれていない人が大半だと思うんですよね。しかもAIの進化はとにかく速い。半年前にはできなかったことが今はできるようになっている。それに全員がついていくというのは、あまり現実的じゃない。

結果として、AIを健康管理に活用できる人と、そうでない人の間に新しい格差が生まれる可能性がある。従来の医療格差は「お金があるかどうか」だったけれど、これからの格差は「AIの進化に追いつけるかどうか」になるかもしれない。

健康は「自己責任」で終わらせてはいけない

この格差に対して、「まあ、それはその人次第でしょ」という考え方もあると思います。自分の健康管理にAIを使うかどうかは個人の自由だ、と。

でも僕は、そうは思わないですね。健康は社会問題だから。

理由は2つあります。1つは社会全体の幸福度の問題。健康な人が増えれば、社会全体の幸福度は上がる。社会全体の幸福が高ければ、回り回って個人の幸福度にも良い影響があるとすると、これは社会的にテコ入れした方がよさそう。もう1つは社会保障の持続可能性。予防的な健康管理が進めば、重症化してからの医療費が減り、社会保障制度の負担が軽くなる。この2つの理由が同じ方向を向いている。

だから、AIによる健康管理は「興味のある人が自分でやればいい」というプル型ではなく、社会の側からプッシュ型で提供すべきだと思います。今の医療の仕組みは「病気になったら来てください」という待ちの構造になっていて、しかも来た患者に時間をかけるインセンティブもない。これを、病気になる前からAIが健康管理をサポートする仕組みに転換する。それが、医師にも患者にも社会保障制度にも良い結果をもたらすんじゃないかと思います。

こういうことを先進的に進める国や自治体が、どこかで出てくると思うんですよね。そういうところの事例を、注目して追いかけていきたいなと思っています。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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