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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2026.1.13
「年下上司」時代に中高年は幸福になれるか? – 歩きながら考える vol.206
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、50代社員が直面する「年下上司」問題と、その幸福への影響について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ新聞記事から考えたことを話してみようと思います。1月2日の日経新聞で、50代社員の約半数が「年下上司」のもとで働いているというデータを見て、これは色々と考えさせられるなと思ったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみます。
50代の約半数が「年下上司」という現実
きっかけになったのは、日経新聞の記事です。記事では、企業向けの教育支援を手がけるジェイックの調査が紹介されていて、50代正社員の46%が「直属の上司は年下」と回答したそうです。約半数ですよね。しかも、上司が30〜40代と回答した人も18%いて、世代が異なる年下上司を持つ50代も少なくない。
記事の中で印象的だったのは、50代男性の生々しい声です。「基本的な人間関係ができていないのに、指示ばかりされると不満を感じることもある」「年下上司は遠慮しがちで、年上の自分にどんな作業を割り振ればいいか迷っているように感じる」といった声が紹介されていました。1on1面談も「一度もまともに実施してもらっていない」という人もいるとか。
背景には、日本企業の人事制度の変化があります。記事によると、三井住友銀行は2026年に年功序列を全廃し、年齢や年次に応じた階層の昇進をなくして役割に応じて処遇する制度に移行するそうです。ミネベアミツミも2025年10月に実力主義で登用する要素を強めた人事制度改定を行っています。
で、問題は、この状況が50代の幸福度にどう影響するか、ということなんです。

日本で「年下上司」が辛い理由
結論から言うと、日本の文化的文脈では、年下上司のもとで働くことはかなり辛いんじゃないかと思います。これは単に「プライドが傷つく」という感情の問題だけじゃないですね。
オランダの経営学者・社会心理学者であるヘールト・ホフステードの文化次元理論で見ると、日本は「権力格差」が低いとは言えない文化です。学生の頃から「先輩・後輩」という感覚があって、年上の人の指示はちゃんと聞くという前提がある。組織内の上下関係を重視し、年齢や経験に基づく序列感覚が根強いんですね。
だから、年下上司のもとで働くというのは、単に「ポジションが変わった」という話ではなくて、「経験が長い自分よりも、若い後輩の方が評価された」という感覚を伴う。これは自尊心を傷つけると思います。
幸福度の観点で言えば、仕事の意味感や働き甲斐といった観点の幸福度(心理学ではユーダイモニアと言います)が損なわれる。「何のために頑張ってきたのか」「自分の経験は評価されないのか」という感覚は、自己効力感を下げ、仕事の意味を見失わせる。同時に、職務満足度やポジティブな感情も低下する(これをヘドニアと言います)。しかも日本では、年功序列型の給与体系がまだ残っている企業も多いので、役職定年によって実収入の減少も伴う。
日経新聞の記事で紹介されていた50代男性は、幹部職から現場社員になった当初、「何で自分が幹部を外れるのか」と1カ月ほど酒を飲みながら葛藤したそうです。これ、かなりキツい状況だと思いますね。
欧米では何が違うのか?『マイ・インターン』の示唆
一方で、欧米では事情が異なります。
ホフステードの文化次元で見ると、アメリカや北欧は「権力格差が低く」「個人主義的」な文化を持っています。こうした文化では、上司という立場は「偉い人(身分)」ではなく、単なる「マネジメントという役割を担当している人」と定義される傾向になる。部下は「専門スキルを発揮する係」。役割が違うだけなので、年齢差による心理的抵抗は日本よりずっと低いことが多いように思います。
この違いを見事に描いているのが、2015年の映画『マイ・インターン』です。ロバート・デ・ニーロ演じる70歳のベン・ウィテカーは、アン・ハサウェイ演じる若い女性CEOジュールズのもとで、シニア・インターンとして働きます。ベンは「年下の上司」に仕えることを屈辱とは捉えない。むしろ、自分の経験と知恵を新しい形で活かす機会として楽しんでいるように見えますね。
欧米でもベテラン側が「自分のスキルが時代遅れになる恐怖」を感じることはある。でも、その苦悩の質がちょっと違いますね。日本では集団内の「メンツ」や「序列」の問題として捉えられがちなのに対し、欧米では純粋に「スキルの陳腐化」の問題として捉えられる。だから解決策も明確で、学び直せばいい、新しいスキルを身につければいい、という発想になる。

日本でも道はある:組織文化を選ぶという発想
じゃあ、日本の中高年はどうすればいいのか。
ここで大事なのは、「年下上司」という状況を、やっぱりメンツの問題ではなく「スキルの陳腐化」の問題として捉え直すことだと思うんです。そう捉えられれば、もう一度鉢巻をして学び直せばいい。そこに自分の経験で培ってきた強みを加えれば、またやっていける。
ただ、問題は、この捉え直しを「心から」できるかどうかは、周囲の環境に大きく左右されるということ。自分では「スキルの問題だ、学び直せばいい」と思っていても、周りの人が「あの人、昔は偉かったのに今は…」という目で見てきたら、いやおうなしにメンツの問題を思い出させられて辛くなる。
だから、権力格差の低い組織文化を持つ会社を選ぶことが大事なんじゃないかと思います。ベンチャー企業、外資系企業、あるいはフラットな組織文化を志向する中小企業など、年齢よりも「何ができるか」「どう貢献できるか」が評価軸になる組織。そういった環境であれば、「学び直し+経験で培った強み」でやっていけると心から感じられる。
逆に言うと、普通の日本っぽい組織に転職したりすると、たとえ自分の気持ちを切り替えたつもりでも、周囲の対応がメンツ問題を思い出させて辛くなる可能性がある。組織文化のフィットは、思っている以上に重要だと思います。
これは経営者目線で言えば、権力格差の低いフラットな組織文化を作ることが、良い中途人材の採用につながるということでもあります。経験豊富な50代が「ここなら学び直しながら貢献できる」と感じられる環境を整えれば、優秀なミドル・シニア人材を惹きつけることができる。人手不足の時代、これは大きな競争優位になるんじゃないでしょうか。
まとめ
というわけで、今日は「年下上司」時代の中高年の幸福について、日本と欧米の文化を比較しながら考えてみました。年功序列からジョブ型への移行期に挟まれた今の中高年は、時代特有の難しい状況にあると思います。でも、「メンツの問題」ではなく「スキルの問題」と捉え直し、それを心から感じられる組織文化を選ぶことで、道は開けるんじゃないかとおもますね。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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