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今日のテーマは、個人主義化する時代において個人が財団をつくることについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は散歩をしながら、最近ずっと頭の中にあるアイデアについて話してみようと思います。
実はここしばらく、財団のことをぼんやり考えていたんですよ。自分が死んだ後に、財産の一部を何らかの形で社会に還元できる仕組みってないものかなと。でも財団というと、ビル・ゲイツみたいな超富裕層が作るものというイメージが強くて、自分のような普通の人間には縁遠い話だよなとも思っていた。そんなことをずっとモヤモヤ考えていたところに、ラジオでシェア型書店の話を聞いて、「あ、これだ」と思ったんです。那覇の栄町市場で、労働者協同組合形式の共同書店が誕生したというニュース。本棚の区画ごとにオーナーがついて、共同で書店を運営しているんだそうです。
この話を聞いて、財団の話とバチっとつながった気がしたんですよね。今日はその話をしてみます。
シェア型書店の何が面白いのか
シェア型書店って、全国でかなり増えているそうです。書店内の本棚を小さな区画に分けて、個人がその一枠を月額数千円で借り、自分の「推しの本」を販売するという形式。
僕がこの仕組みに惹かれたのは、従来の書店との違いなんです。チェーン系の大手書店って、どこに行っても品揃えが似ているんですよね。バイヤーのセレクションや出版社との関係が品揃えを決めるから、結局どの店舗でも同じような本が平積みされている。でもシェア型書店は違う。棚主一人一人がまったく違う関心や好みを持っていて、その多様な「推し」が一つの場所に共存している。ある棚には哲学書ばかり並んでいるかと思えば、隣の棚には料理本とエッセイが混在していて、その向こうには海外文学がぎっしり詰まっている。個人の関心や価値観が品揃えにそのまま反映されるから、棚ごとに全然違う世界が広がっている。この雑多さが面白い。
しかも、ネットで本を買うときとも違うんですよ。Amazonで本を買うと、似たようなものがひたすらレコメンドされるじゃないですか。自分の好みの延長線上にあるものしか出てこない。でもシェア型書店では、自分の好みに合う本と出会えるかもしれないし、同時に、まったく知らなかった世界の本が隣の棚にたまたま並んでいて、思いがけず手に取ってしまうということも起きる。この偶然の出会いの可能性を秘めているところが、すごくいいなと思うんです。
社会心理学では関係流動性という概念がありますが、関係流動性が高い社会では、自分と似た価値観の人同士が自発的にくっつきやすくなる。シェア型書店は、その「似た者同士のつながり」と「異なる価値観との偶然の出会い」が同時に起きる場になっている。個人主義化した社会だからこそ生まれる、新しい形の共同体だと思うわけです。

「シェア型財団」はできないのか
で、ここからが本題なんですが、このシェア型書店のモデルって、財団にも応用できないか?
さっきも言ったように、財団というと超富裕層のものというイメージがある。でも、超富裕層じゃなくても、自分の財産の一部を家族への相続ではなく社会に還元したいという気持ちを持っている人は、一定数いるんじゃないかと思うんです。特に個人主義化が進む中で、パートナーも子供もちゃんと自立している場合、遺産を全額家族に残すというよりは、たとえ少額でも、その一部を社会全体のために使いたいと考える人が増えていても不思議ではない。
もちろん1回限りの寄付という方法もあるんですが、もうちょっと永続的に、自分のお金を社会に還元し続ける仕組みってないものかなと。自分の資金を運用してもらって、その運用益を、自分が支援したいと思う分野に結びつけてくれるような。そういう潜在的なニーズってあるんじゃないかなと思うんですよ。
そういう人たちが、シェア型書店の棚のように、一人一人が自分の名前のついた小さな基金を持ちながら、全体としては一つの財団として資金を運用する。いわば「シェア型財団」です。
で、ここにシェア型書店のアナロジーが効いてくる。ある人は教育を支援したい、ある人は環境問題に取り組みたい、ある人は文化の保存に関心がある。それぞれの「推し」は違うんだけど、一つの財団の中に共存している。その中で、似た価値観を持つ人同士が「じゃあ一緒に基金を作りましょう」と意気投合するかもしれない。同時に、隣の棚を覗くように、まったく違う関心を持つ人が「なぜそれが大事だと思うんですか?」という対話を始めるかもしれない。そういう偶然の出会いの中で感化されて、自分の視野が広がるということだってあり得る。
しかもここで大事だと思うのは、こういう仕組みは単なるお金の器じゃなくて、価値観でつながる生きたコミュニティになり得るということ。死後のための仕組みが、実は生前のつながりを作る仕組みにもなる。一人だと心もとないかもしれないけど、複数人になったら話は変わってくる。
こんなことを考えてる人、世界には他にもいるんだろうなと思って調べてみたら、やっぱりアメリカにありました。さすがサンフランシスコ。アメリカは寄付が盛んで様々なサービスがありますが、Endaomentというコミュニティ・ファウンデーションの事例がありました。コミュニティ・ファンドという仕組みを作っていて、公開型の基金を作り、低コストで寄付を集めたり、自分の価値観に基づく寄付ポートフォリオを運用出来るようにしていました。スマートコントラクトで運用が自動化されて、取引はすべてブロックチェーン上で公開されるから、透明性も高い。構造としては、「シェア型書店の棚」に近いんじゃないかなと思いました。
こうしたテクノロジーを使えば、従来は財団運営にかかっていた管理コストを大幅に下げられる。AIやスマートコントラクトがオペレーションの多くを代替できるとすれば、少額の基金をたくさん集めて共同運用するような小規模財団も、十分に成り立つ時代になってきているんじゃないかと思います。

価値観の灯火を守る「ファイヤーキープ」
ここまで来ると、僕がこの話で一番言いたかったことにたどり着きます。
最近、世の中の価値観がすごい勢いで変わったなと感じるんですよね。それ自体は、時代とともに変わっていくものだから、いいも悪いもないと思う。だけど、異なる価値観をオルタナティブとして残し続けるということには、意味があるんじゃないかと。
自分たちの価値観が正しいから、それをマジョリティにもう一度戻したい、ということではなくて。でも、自分たちが信じてきた価値観は、それはそれで美しいものだったという実感がある。だから、その灯火を消さないでおく。焚き火を守るように、静かに繋いでいく。いわば「ファイヤーキープ」です。
遠い未来のどこかのタイミングで、「あの価値観を残しておいてくれてよかったね」という日が来るかもしれない。来ないかもしれない。でも、オルタナティブが存在すること自体に価値があると僕は思うんです。
一人でファイヤーキープをするのは難しい。でも、同じ価値観を持つ複数の人が緩やかに集まって、たとえ少額でも共同で基金を作り、テクノロジーの力を借りて運用していく。なんなら将来的には、デジタルツインのような技術で自分たちの思いをAIに託して、次の世代に対話的に伝え続けるということだってあり得るかもしれない。そうなったら、価値観のファイヤーキープは、もっと現実的なものになるんじゃないでしょうか。
シェア型書店が「推しの本」を一冊一冊並べることで一つの書店を作っているように、シェア型財団は「推しの価値観」を一つ一つ持ち寄ることで一つの財団を作る。個人主義化した社会における、新しい共同のかたち。まだアイデアの段階ですが、何かしたいなと思っています。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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