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ブログ歩きながら考える

2026.2.27 NEW

歯医者で気づいた、「AIによる合議制」という未来 – 歩きながら考える vol.237

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIと医療における患者の意思決定について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は歩きながら、最近自分が経験した歯の治療の話から、ちょっと大きなテーマに飛んでみようと思います。テーマは「AIの時代に、素人は専門的な意思決定の主体になれるか?」ということ。歯医者さんに通いながら考えたことなんですけど、これ、医療に限らない、けっこう普遍的な話だと思うんですよね。

AIで「先生だけが知っている」がなくなる

先週、歯髄炎になりまして、歯医者さんに診てもらったところ、歯にヒビが入っていると。ヒビが根元まで達している場合は、そこから細菌が入ってきてしまうので保存が難しく、抜歯になる可能性があるという診断でした。

で、この診断をAIにも確認してみたんです。すると、AIの説明は先生の言っていることとほぼ一致していて、特に違和感はなかった。ここまではいい。

ただ、そこから先が面白くて、インプラントの話になったんですね。抜歯した場合はインプラントが選択肢になるわけですが、僕は歯科医でもインプラントの専門家でもないので、どの病院で、どの先生にお願いするのがいいのか、判断基準すらないわけです。

ところがAIに聞くと、いろいろ教えてくれる。たとえば、最新のインプラント治療では歯科用CT(CBCT)で3D画像を撮影して、コンピューター上で埋入位置・角度・深さをシミュレーションする。そしてその結果に基づいてサージカルガイドというマウスピース型の装置を作り、誰が手術しても計画通りの位置にインプラントが入るようにする。つまり、先生の手技のばらつきを補完する仕組みが、もう存在しているわけです。

ということは、そういう設備を持っている病院は、機材導入にコストがかかる分、症例数が多いことの証明にもなる。症例数が多ければ経験も豊富だろうと推測がつく。AIはこうした判断基準そのものを教えてくれるんですよね。

これって、すごいことだと思うんです。かつては専門家だけが持っていた知識に、誰でもアクセスできるようになった。「先生だけが知っている」という状況が、急速に崩れつつある。

「先生に言い返せない」という壁

でも、ここからが問題。

AIで得た知識を持って歯医者さんに行ったんです。サージカルガイドの話をしたら、先生は「いや、それは必要ないですよ」と。「オールオンフォー(All-on-4)のように複数のインプラントで全体の歯を入れ替えるような場合は角度の微調整がすごく大事になるけど、今回は1本なので、そこまでコストをかける必要はないと思います」と言うわけです。

そう言われると、「そういうもんかな」と思っちゃうんですよね。反論する知識がないから。

帰ってからAIにもう一度聞いてみると、「そういう考え方もあるかもしれませんが、奥歯の位置を考えると神経が近いので、できるならサージカルガイドはやった方がいいと思います」と言ってくる。で、「やっぱそうか」と思う。

このやりとりで気づいたんですけど、僕がやっていることって、結局「より信頼できそうな権威」を探して、その言うことに従っているだけなんですよね。先生が言ったことを鵜呑みにできないからAIに聞く。でも、AIが言ったことも本当は鵜呑みにすべきではない。

つまり、AIによって知識の非対称性は縮まったかもしれないけど、それだけでは素人は意思決定の主体にはなれない。「医師への依存」が「AIへの依存」に置き換わるだけだとすれば、それは新しい形の権威主義に過ぎないのではないか。

もちろん、AIがあることで、先生側も「患者が調べてくるかもしれない」と思ってより丁寧に準備するようになるだろうし、それによって医療の質が底上げされるという効果はあると思います。ないよりは全然いい。でも、もう1歩必要なところがある。

「一対一」から「一対多」へ:複数のAIに議論させるという発想

じゃあ、どうすればいいのか。

僕がたどり着いた考えは、ユーザーとAIの関係を「一対一」から「一対多」に変えるということです。

今のAIサービスの多くは、ユーザーと単一のAIが一対一で対話する設計になっています。でも、このデザインだと、素人は常に一人の専門家に頼る存在になってしまう。相手が人間の医師であれAIであれ、一対一の関係では、知識の少ない側が受け身になるのは構造的に避けられません。

だから、発想を変える。複数の専門的立場が議論する場を作り、その議論を傍聴して判断するという仕組みにすればいい。

たとえば、僕のインプラントの件で言えば、「主治医の立場に立ったAI」「安全性を最優先するAI」「最新エビデンス重視のAI」「患者の経済的負担を考慮するAI」に同時に意見を出させて、互いに反論させる。患者はその議論を聞きながら、どの論点が自分にとって重要かを判断する

人間の知恵の上にAIが乗ってくる

実はこの「複数の視点を持つシステムに合議させる」というアイデアは、まったく新しいものではありません。人間が長い歴史の中で磨いてきた、基本的な知恵だと思います。

面白い例がフィクションにあります。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場するスーパーコンピューター「MAGIシステム」は、まさにこの思想で設計されています。メルキオール(科学者としての人格)、バルタザール(母としての人格)、カスパー(女としての人格)という3つの独立したシステムが、同一の問題に対してそれぞれ異なる立場から判断を下す。開発者の赤木ナオコ博士は「人間の持つジレンマをあえて残した」と語っています。単一の「正解」を出すのではなく、異なる価値観の間の緊張関係そのものを意思決定のプロセスに組み込んでいるわけです。

ちなみに、このMAGIの考え方を生成AIに応用する試みは既に始まっているそうで、noteの深津貴之さんがGPT-3で3頭合議型のMAGIシステムを実装した記事は有名なんだそうです。性格の異なる3体のAIにそれぞれ意見を出させ、4体目が集約するという仕組みで、深津さんはこれを機械学習における「アンサンブル」に近いものだと考察されています。

「三人寄れば文殊の知恵」という言葉もありますし。AIもこの知恵の上に乗ってくるべきだと思います。

で、話を僕の歯医者の件に戻すと、事前に複数の立場からの意見を聞いておくだけでも、だいぶ違うと思うんです。「安全性を重視するAI」が言っていた論点、「コスト重視のAI」が言っていた論点、「最新エビデンス重視のAI」が言っていた論点を頭に入れた上で先生と話せば、「それは必要ないですよ」と言われたときに、「でも、奥歯で神経が近い場合はどうなんでしょうか」ともう一歩粘れる。先生にとっても、患者が具体的な論点を持って質問してくれた方が、説明のしがいがあるんじゃないかと思います。

完全に対等になれなくても、対話の質が上がる。それだけで、意思決定の主体性はかなり変わってくるんじゃないでしょうか。

まとめ

というわけで、今日は歯医者さんでの体験から、「AIの時代に素人は専門的な意思決定の主体になれるか?」という問いについて、歩きながら考えてみました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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