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今日のテーマは、日本型雇用と幸福について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ新聞記事から考えたことを話してみようと思います。きっかけは、1月17日の日経に載っていた健康社会学者の河合薫さんのコラム。『「老害」と呼ばれたくない私たち』という著書をベースにしたお話で、40代・50代が直面する「昇進の壁」について書かれていました。
40歳で肩書がなければ「万年ヒラ」が確定するかもしれない。50代になれば役職定年で肩書を剥奪される。そんな現実を突きつけられる中高年の姿が描かれていて、読んでいてなかなか辛いものがありました。
でも、これって本当に避けられないことなんでしょうか?そもそも日本型雇用って、働く人を幸せにしているんでしょうか?歩きながら、ゆるく考えてみます。
大企業の安定は確かにありがたい
まず、日本型雇用の良いところから考えてみましょう。
長期雇用を前提とした日本の大企業で働くことには、確かに大きなメリットがあります。安定した雇用環境と高い給与水準。中小企業や転職を繰り返すよりも、総体として経済的には恵まれていることが多い。
この経済的安定は、幸福度のベースになる話ですよね。住環境を整えられる、子どもの教育に投資できる、余暇を楽しむための所得も確保できる。家族を養い、将来の見通しを立てられるという安心感。これは決して小さなことではありません。
だから、「大企業に入れてよかった」「安定した会社で働けてありがたい」という感覚は、十分に理解できます。

ピラミッド構造が生み出す「痛み」
ただ、ここからが問題なんです。
多くの日本の会社はピラミッド構造になっていますよね。上の管理職になればなるほど、椅子の数は少なくなる。新卒一括採用で長期雇用を前提に働いてきた場合、係長や課長ぐらいまでは行ける人が多いかもしれない。でも、そこから先、部長になれるか、事業部長になれるかというと、どんどん狭き門になっていく。
で、何が残酷かというと、この序列が常に可視化されているということなんです。
「あの人は部長、この人は課長、自分は係長」——そういう目で、働いている時間中ずっと周囲から見られている。同期が出世していく姿を見る。場合によっては年下の後輩が自分を追い越していく。嫌がおうでも、集団の中での自分の相対的な順位を思い知らされることになる。
これ、心理学的には社会的比較と呼ばれる現象なんですが、実は脳にとって「痛み」なんですよね。神経科学の研究でも、社会的な比較で劣位に立たされることは、物理的な痛みと似た脳の反応を引き起こすことが分かっています。
だから、いくら給与が安定して高くても、「上がれなかった自分」という認識を持ち続けながら働くのは、ひどく自尊心や自己効力感を傷つけることになる。すごく残酷な仕組みだなと思います。
経済的に恵まれているのに幸福度が低い?
面白いデータがあります。
社会学者の橋本健二先生(早稲田大学)の研究によると、日本社会は資本家階級、新中間階級(大企業の管理職・専門職など)、正規労働者階級、旧中間階級(自営業者など)、そしてアンダークラス(非正規労働者)という階級構造になっています。
で、興味深いのは、経済的には恵まれているはずの大企業の管理職(新中間階級)の幸福度が、地元で商店を営むような自営業者(旧中間階級)と比べて、必ずしも高くないということ。むしろ、旧中間階級の方が幸福度が高いというデータもある。
これ、なぜなんでしょう?
僕は、ピラミッド構造の中での社会的比較が影響しているんじゃないかと思っています。大企業の管理職は、常に序列と自分の椅子を意識せざるを得ない。部長になっても、その上には事業部長がいて、役員がいて、社長がいる。また、いつ自分の椅子がなくなるかわからない。一方、自営業者は、そういう固定的な序列の中にいないから、比較の痛みから相対的に自由でいられる。
収入面での好待遇だけでは、幸福は形成されないということなのかもしれません。

ルサンチマンが溜まる社会
もう一つ気になるのは、この構造が社会全体に与える影響です。
ピラミッド型の組織では、構造的に「上がれなかった人」が大多数になります。で、そういう人たちは何をするかというと、一つは下方比較——つまり、自分よりも出世できなかった人を見つけて、「あの人よりは自分の方が恵まれている」と思うことで、なんとか心のバランスを保とうとする。
それともう一つ、ニーチェの言う「ルサンチマン」に近い心理も働きます。出世した人間を「あいつらは社内政治に長けているだけで、人間としては薄汚い」と否定し、逆に「出世できなかった自分こそが善良で正しいのだ」と思い込むことで、自尊心を必死に守ろうとするわけです。
会社全体が成長しているときは、まだいいんです。昇進できなくても、給料は上がるし、ボーナスも増える。全体の成長の恩恵に預かることで、幸福感は担保される。
でも、成長が止まったらどうなるか。
一気にルサンチマンが噴出して、組織の雰囲気が悪くなる、士気が落ちる、ということが起きるんじゃないかと思います。今の日本は低成長時代ですから、この問題は他人事じゃない。
流動的な働き方という選択肢
じゃあ、どうすればいいんでしょうか。
一つは、ジョブクラフティング的なアプローチ。ピラミッドの中にいても、自分の仕事の意味づけを自分で再構築する。昇進以外の価値基準——専門性を高めるとか、後輩を育てるとか、顧客に貢献するとか——を持つことで、社会的比較の痛みを和らげる。
これは現実的な処方箋だと思います。ただ、構造自体は変わらないので、対症療法的な側面はある。
もう一つは、より根本的な方向性として、自分の雇用の流動性を高めるということ。
個人事業主やフリーランスとして働き、プロジェクトごとにチームを組んで、終わったら解散する。そういう働き方が「普通」になる社会。社会的比較がなくなるわけではないけれど、少なくとも「同じ組織の中で、毎日顔を合わせる同期や後輩が、自分より上のポジションにいる」という、逃げ場のない比較からは解放される。
もちろん、流動的な働き方には、スキルやネットワークが必要で、誰にでも向いているわけではない。でも、選択肢としてそういう働き方が広がっていくことは、社会全体の幸福度を上げることにつながるんじゃないかと思っています。

まとめ:ピラミッドの外に目を向ける
というわけで、今日は河合薫さんの記事をきっかけに、日本型雇用と幸福について考えてみました。
日本型雇用には、経済的安定という大きなメリットがある。でも、ピラミッド構造の中で社会的比較に常にさらされることは、心に痛みを与え、幸福度を下げる要因にもなる。
「出世できたかどうか」だけが人生の価値を決めるわけじゃない。ピラミッドの外にも、幸せな働き方はある。そういう選択肢の幅が広がっていく社会になるといいなと、歩きながら考えていました。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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