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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2026.1.7 NEW

ファクトより「好き」── 分断を超えるヒント – 歩きながら考える vol.203

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、分断を超えるのはやっぱり、好き・楽しい・楽しい、という感覚じゃないかという話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は移動時間を使って、「分断」について考えてみようと思います。きっかけは1月2日の日経新聞の記事。アメリカのアルファ世代(2010年以降生まれ)を「分断の申し子」と呼んでいて、いろいろ考えさせられたんですよね。

記事によると、日経が2025年12月にアメリカのアルファ世代30人に聞いたところ、9割が「自分が30歳になったころも激しい政治対立が続く」と答えたそうです。「もう片方の政党支持者とはわかり合えない」と絶望する声も少なくないとか。まだ10代の子どもたちがそう思っている。これ、なかなか考えさせられません?

アルファ世代って、アメリカで保守とリベラルの分断が極化した後に生まれてきた世代ですね。一方、日本はどうかというと、国内を見る限り、そこまで明確な政治的分断はないように思えます。ただ、東アジアの中では歴史的に明確な分断がありましたよね。で、ふと気づいたんです。アメリカ国内の分断って、日本と中国・韓国との関係に構造的には似ているところがあるんじゃないかって。異なる歴史認識のもと分断した集団が、どうやって関係を築いているか。そこにアメリカの分断を考えるヒントがありそうだな、と。そんなことを歩きながら考えてみました。

テクノロジーで「対話の基盤」を作る試み

分断の解消といえば、まず思い浮かぶのは「対話」ですよね。異なる立場の人が話し合えば、どこかに共通の基盤が見つかるはず。民主主義ってそういうものだし、だからこそファクトチェックとか、正しい情報の共有が大事だって言われる。

最近面白いなと思っているのは、この「対話の基盤を作る」ということをテクノロジーで解決しようという動きです。日経の記事で紹介されていたのが、「DepolarizingGPT(非分極化GPT)」というAI。これが面白くて、右派・左派・中道の3パターンで答えを返すんだそうです。

例えば気候変動について聞くと、温暖化の科学的証拠を示しつつ、懐疑論が根強いことも紹介する。価値観で争うんじゃなくて、まずファクトを共有した上で対話しましょう、という発想ですね。

僕自身、このアプローチはいいなと思っています。ただ、実際にどれくらい分断の解消に効果があるのかは、これから実証的に見ていく必要がある段階でしょう。新しい試みとして注目していきたいですね。

ファクトだけでは分断は解消しないかもしれない

ただ、異なる意見を同時に提示すれば分断が解消するかというと、そう単純でもないんじゃないかとも思うんです。

まず、同じファクトを見ても、そこから生まれる解釈って複数ありますよね。例えば「失業率が下がった」というデータがあったとして、「政策が成功した証拠だ」と解釈する人もいれば、「非正規雇用が増えただけで実態は悪化している」と解釈する人もいる。ファクトを共有しても、そこから導かれるストーリーは一つじゃないんですよね。

それに、そもそも「ファクトを確定する」こと自体が、実は結構難しい。これ、僕も研究をやっていて痛感するんですけど、特に社会に関するデータって、測定方法によって数字が変わったり、サンプルの取り方で結果が違ったりするんです。科学的に厳密にやろうとすればするほど、「でもこの研究にはこういう限界があって…」みたいな話が出てくる。

気候変動の議論なんかがまさにそうですよね。「温暖化は確実に進んでいる」というデータがある一方で、「この測定方法には問題がある」「過去のデータと比較する際の補正が恣意的だ」みたいな反論も出てくる。どちらも一応「科学的な」議論として成立してしまう。

結果として何が起きているかというと、異なるファクトをつなぎ合わせて、一見もっともらしく見える異なるストーリーが乱立している状態なんじゃないかと思います。どちらの陣営も「エビデンス」を持ち出してくるんだけど、持ち出すエビデンスが違う。お互いに「こっちの方が正しいデータだ」と言い合っている。

こうなると、「科学的に」突き詰めていけばいくほど、議論がどんどん複雑になって、専門家同士でも意見が割れて、結局「どっちを信じるか」という話になりがちです。で、どっちを信じるかは、元々の立場に引っ張られますよね。つまり、ファクトで決着をつけようとしても、結局は元の党派的な対立に戻ってしまうことが多い。

分断を超えるのは「好き」という感情かもしれない

じゃあ、どうすればいいんだろう? ということを考えていて、ふと思い浮かんだのが、さっき触れた日中・日韓関係の話なんです。

日中・日韓関係を見ていて思うのは、政治的には対立があっても、日本のアニメやドラマ、音楽が好きな中国の人、韓国の人ってたくさんいるということです。逆もまたしかりで、K-POPや韓国ドラマが好きな日本人もたくさんいますよね。中国の映画が好きという人もいますね。僕も韓国ドラマは結構好きで見るんですけど、面白いものは面白い。教育で相手国に批判的なことを教わっていたり、周りに相手国のことが嫌いという人が多かったとしても、自分が本当に感動したコンテンツを否定することはできないですね。

「あのドラマ最高だよね!」「あの曲めっちゃ好き!」って言い合える文化的コンテンツがあることがとても大切だと思うんです。そういうコンテンツに対して同じ感情を持っていることを確認し合うことで、共感が生まれる。「あ、この人も同じもの好きなんだ」って思えると、なんか壁が低くなる感じがしませんか?

こうなると、頭の中でちょっとした矛盾が起きるんですよね。教育で「あの国はひどい国だ」と教わってきたのに、その国のコンテンツにめっちゃ感動している自分がいる。この矛盾を、心理学では「認知的不協和」と呼んだりします。で、人間って、こういう矛盾が起きると、自分の中で整合性がつくように考えを調整します。その際、優先されるのは「感動した」という感情の方だと思うわけです。

具体的には、こんな感じの整理をするんじゃないでしょうか。「戦前の日本政府はひどいことをした。それは事実だ。でも、日本の民間の人たちは別に戦前の政府の人たちというわけではない。だから、政府と民間人は別だ。別に憎む必要はない」と。国家や政府レベルの話と、民間の人の話を切り分けることで、矛盾を解消していく。

こういう形で、過去数十年、民間レベルでの交流は着実に進んできたんだと思います。

そう考えると、アメリカの分断を超えるカギも、実は同じところにあるのかもしれません。論理的な正しさで相手を説得しようとするのではなく、共通のソフトコンテンツで「いいよね!」と言い合える感情がこの先作られるのか。保守とリベラルの間で、同じ映画を見て笑ったり、同じ音楽を聴いて感動したりする。そういう共有体験が、「あいつらとは分かり合えない」という壁を少しずつ溶かしていくんじゃないでしょうか。

つまり、分断を解消したい側がやるべきことは、相手陣営を批判することじゃなくて、自分たちの価値観だからこそ生み出せる面白いコンテンツを作ることなのかもしれない。「それ、面白いね」と思わせる引力を生むこと。対話はその後に、初めて可能になるんじゃないかなと思います。

まとめ

というわけで、今日は「分断は対話で解消できるか?」というテーマで歩きながら考えてみました。

ファクトに基づいた対話の基盤を作ろうという試みは面白いし、効果を見ていきたい。でも同時に、対話の前にまず必要なのは、「この人の話を聞いてもいいかな」と思ってもらえる関係性を作ること。そのために有効なのは、批判ではなく、文化的コンテンツを通じた感情レベルの共感なんじゃないかなと。

「あなたは間違っている」ではなく、「これ、いいでしょ?」から始める。正しさの前に、まず好きになってもらう。そこが分断を超える第一歩なのかもしれません。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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