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今日のテーマは、AIがエンターテインメント体験をどう変えるかについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も移動時間を使って、最近考えていることを話してみようと思います。きっかけは日経新聞の記事で、アメリカの男子ゴルフツアー(PGAツアー)が生成AIによるショット解説機能を導入したというニュースでした。複数の選手が同時並行でプレーするゴルフでは、人間の解説員がすべてを追うのは難しい。だからAIが各ショットの意義を解説するというのは、合理的な話だなと思ったんですよね。
で、このニュースを見ながら、「AIがエンターテインメント体験を変える」という話について、ちょっと深く考えてみたくなりました。というのも、最近、僕自身がAIを使ってエンターテインメントの楽しみ方が変わった経験があるからなんです。
テイラー・スウィフトの歌詞をAIと読み解いてみた
その体験というのは、音楽なんですね。テイラー・スウィフトの曲を聴いていたら、「I want to kill her」という歌詞が耳に残ったんですよ。え、これ何?って。ちょっとぎょっとするような表現じゃないですか。
この曲は2024年4月にリリースされた『The Tortured Poets Department』というアルバムに収録された「Fortnight」という曲で、Post Maloneとのデュエットです。歌詞を調べてみると、「Your wife waters flowers, I want to kill her(あなたの妻が花に水をやっている、彼女を殺したい)」という一節がある。文としては理解できるんだけど、なぜテイラー・スウィフトがこういう歌詞を書いたのか、その背景がわからない。
そこでAIと対話的に聞いていったんですね。そしたら、AIはテイラー・スウィフトの様々な情報を基にして解説を生成してくれました。この曲が書かれた時期の彼女のプライベートの状況、つまりイギリス人俳優のジョー・アルウィンとの6年間の交際を経て2023年に破局したこと。アルバムタイトルの「Tortured Poets」が、ジョー・アルウィンが俳優仲間と作っていたグループチャット「The Tortured Man Club」に由来しているらしいこと。そして、彼女の歌詞がデビュー当時からどういう変遷をたどってきたか。
AIは、この曲がおそらく破局後の心境をモチーフにしつつ、一般の人が共感しやすい形でストーリー化しているのではないか、と解説してくれました。突然「フロリダに移住して車を買う」という歌詞が出てくるのも、アメリカに戻った後の心境と関連しているのではないか、と。ファンコミュニティで言われている解釈もまとめて出してくれる。
これがすごく面白かったんですよ。一方的にAIが解説するんじゃなくて、僕が「この部分がよくわからない」と言うと、それに対してAIが答えてくれる。その回答を踏まえて「じゃあ、なぜ彼女はこういう歌詞を書く傾向があるの?」とまた質問する。この対話のプロセス自体が、エンターテインメントとして成立しちゃったなという感覚がありました。

AIは作品体験を貧しくするのか?
ただ、ここで一つの疑問が浮かびます。「AIに解説してもらうことで、自分で解釈する楽しみが奪われるのでは?」という話です。
確かに、作品には「わからなさ」を味わう余白があります。歌詞の意味がすぐにわからないからこそ、何度も聴き返したり、自分なりに考えたりする。その過程が楽しいという面は間違いなくある。AIはその場ですぐにそれっぽい解釈を提示してくるので、この余韻や熟考をすることを人々がやめてしまうかもしれない。
これは、最近よく話題になる「認知的オフローディング」の問題と関連しています。これは、AIやスマートフォンに認知タスクを委ねることで、記憶力や批判的思考が低下するという現象です。最近の研究では、AIツールへの過度な依存が深い思考への関与を減らし、批判的思考能力に悪影響を与える可能性が指摘されています。AIに「答え」を聞くことで、自分で考えるプロセスを省略してしまうのではないか、という懸念ですね。
作品鑑賞で認知的オフローディングをしてしまうと、自分なりの感じ方ができなくなる危険性もあるかもしれません。
AIの解釈を「批判的に問い続ける」ということ
でも、僕が今回やっていたのは、AIに答えをもらって終わり、という使い方じゃなかったんですよね。
AIが「この曲は破局後の心境を歌っている」と言ってきたら、「でも、なぜ『I want to kill her』なんて過激な表現を使うの?」と聞き返す。「彼女の歌詞は感情を誇張して表現する傾向がある」と返ってきたら、「じゃあ、その傾向はいつ頃から?デビュー当時は違ったの?」と掘り下げる。すると、彼女のキャリア全体を通じた歌詞の変遷という話が出てくる。
さらに「『Tortured Poets Department』というアルバム名自体が、ジョー・アルウィンのグループチャットに由来しているらしい」という情報が出てきたら、「それって皮肉なの?それとも愛着なの?」と聞く。すると、ファンコミュニティでの解釈の分かれ方という話に展開していく。
こうやって批判的に問いを重ねていくと、話はどんどん下に深掘りされていきます。一曲の歌詞の解釈から、アーティストのキャリア全体の変遷へ、さらには音楽における自伝的表現とフィクションの境界という普遍的なテーマへ。同時に、横の広がりも出てくる。ファンコミュニティの解釈文化、セレブリティのプライバシーとアートの関係、現代のポップミュージックにおける「物語」の役割。
この対話を通じて、僕の頭の中では「全体像を把握しながら、細部も理解する」という認知的活動が起きていました。深さと広がりの両方を行き来しながら、一曲の歌詞が持つ意味のレイヤーを理解していく。これを「認知的オフローディング」と呼ぶのは、ちょっと違うんじゃないかと思うんです。
最近の研究でも、AIを使って深い対話や説明を求める人は学習効果が高まる一方、直接的な答えを求める人は学習効果が下がることが示されています。つまり、AIの使い方によって、思考が活性化するか停滞するかが分かれる。「AIに答えをもらう」のか「AIと一緒に考える」のか、その姿勢の違いが決定的なんだと思います。

まとめ:「問い続ける」姿勢がエンターテインメント体験を深くする
というわけで、今日は「AIはエンターテインメント体験を豊かにするか」について、歩きながら考えてみました。
僕の結論としては、AIそのものが体験を豊かにするわけではなく、「AIの解釈を批判的に問い続ける」という姿勢が体験を深くする、ということです。AIが出してくる解釈をそのまま受け取るのではなく、「本当に?」「なぜ?」「他の見方は?」と問いを重ねていく。その過程で、深さと広がりの両方が生まれ、作品への理解が立体的になっていく。
難解な文学作品、複雑な映画、歌詞の意味がわかりにくい曲。こういったものに出会ったとき、AIは「問いを投げかける相手」として機能します。答えをくれる存在ではなく、問いを深めていくための対話相手。そう捉えると、エンターテインメント体験の幅は確かに広がるんじゃないかと思います。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。みなさんは、AIをエンターテインメント体験にどう活用していますか?
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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