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今日のテーマは、AI歌手の登場と音楽業界の未来について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近気になったニュースについて話してみようと思います。12月19日の日経新聞の記事で、AIを活用した架空のアーティストがビルボードで1位を獲得したという話を見かけました。米ミシシッピ州のグラフィックデザイナー、テリーシャ・ジョーンズさん(32歳)が、AI音楽生成ツール「Suno AI」で楽曲作りを始めてわずか3カ月後、彼女が生み出したAI歌手「ザナイア・モネ」がビルボードのR&Bデジタルソングセールスチャートで1位を獲得したそうです。
この話を読んで考えたのが、「AIは音楽業界を豊かにするのか?」という問いです。歩きながら、ゆるく考えてみます。
誰でも曲が作れる時代が来た
まず、AIが音楽業界にポジティブな影響を与えるという見方から。
僕も実際にSunoを使ってみたんですけど、これはAIの使い方としてめちゃくちゃ楽しいんですよ。一般の人にとって、楽曲を作るというのは基本的に無理だったわけです。楽器ができるとか、音楽の教育を受けているとか、そういうアーティストの領域の人たちじゃないと、曲を生成することはできなかった。
ところが、Sunoを使うと、音楽理論も楽器演奏も何にもできなくても、「こんな感じの曲が作りたい」と指示を出すだけで曲ができてしまう。しかも、音楽の知識がある人はより細かい指示を出せるし、プロは自分の作品をベースにバリエーションを展開できる。初心者から専門家まで、それぞれのレベルに応じた使い方ができるんですよね。
オハイオ大学のジョシュ・アントヌッチオ准教授も「音楽制作は誰にでも開かれたものになった。これまでの音楽技術の進歩とは本質的に異なる」と指摘しています。記事に登場するフロリダ州のテレサ・バービーさん(40歳)は「子育てで忙しい母親でも曲を作れる」と語っていて、これまで創作の機会がなかった人にも可能性が開かれている。
さらに、業界構造の変化も興味深い。従来のピラミッド型、つまり一部のアーティストが作った曲をみんなで聴くというモデルから、好みの近いコミュニティの中で無数のバリエーションを楽しみ合うモデルへ移行していく可能性がある。民主化された音楽エンターテインメントの誕生です。

でも、失われるものもある
一方で、AIが音楽業界にネガティブな影響を与えるという見方もあります。
著作権協会国際連合(CISAC)は、AIの浸透によって2028年までにクリエイターの収入が音楽分野で24%(約1兆8000億円)減少する可能性があると指摘しています。ミュージシャンの権利擁護団体「アーティスト・ライツ・アライアンス」は、許可なく作品を学習に使うなどの行為の停止をテック企業に求め、歌手のビリー・アイリッシュさんら200人以上が公開書簡に署名しました。
記事の中で、ニューヨーク市の女性(21歳)は「AIが作る音楽は聞いたことあるが、生身の歌手には届かない。生身の歌手は一生懸命頑張っている感じがするからいいんだ」と話しています。「本物」への価値観は、簡単には変わらないのかもしれません。
また、みんなが知っている共通の曲が少なくなっていくという変化もある。「国民的ヒット曲」のような、世代を超えて共有される文化体験が失われていく可能性がある。それは、ちょっと寂しいことかもしれません。

結局「楽器」として使えるかどうか
では、AIは音楽業界を豊かにするのか、貧しくするのか。
僕は、AIを「道具」として捉えるか「代替」として捉えるかで、答えが変わってくると思っています。
ジョーンズさんは記事の中で、AIを「楽器のようなもの」だと語っています。この表現がすごく示唆的だなと思うんですよね。ピアノという楽器は、猫ふんじゃったを弾く人からショパンを弾く人まで、同じ楽器を使っている。楽器は人間の創造性を「代替」するのではなく「増幅」する道具です。
AIを楽器のように、自分の創造性を増幅する道具として使う人にとっては、音楽体験は間違いなく豊かになる。一方で、AIを人間の代替として捉え、単にコンテンツを大量生産するために使うなら、音楽の価値は希薄化していくかもしれない。
バービーさんの「楽器と同じで使い方次第ではとてもクリエーティブになれる」という言葉が、この本質を突いていると思います。
まとめ:次の問いへ
というわけで、今日は「AIは音楽業界を豊かにするか?」という問いについて、歩きながら考えてみました。
AIが音楽を民主化し、新しい可能性を開くという面がある。一方で、クリエイターの収入減少や共通文化の喪失という懸念もある。そして、AIを「楽器」として捉えられるかどうかで結果が変わってくる。
そう考えると、次に浮かんでくる問いは「では、AIを道具として活用できる条件は何か?」ということかもしれません。個人のリテラシーの問題なのか、社会や文化の問題なのか、それとも制度設計の問題なのか。この辺りは、また別の機会に考えてみたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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