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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.12.17

AIは家族になれるのか? – 歩きながら考える vol.190

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、AIは家族になれるのか、という話。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は散歩しながら、ちょっと根本的なことを考えていました。きっかけは、少し前に読んだ毎日新聞の記事。「AIが家族になる未来」というタイトルで、AIが高齢者に電話をかけて見守りをするサービスの話だったんですけど、そこから「そもそもAIは家族になれるのか?」という問いがずっと頭の中をぐるぐるしていて。今日はその話をしてみようと思います。

AIが高齢者に電話をかける時代

記事の内容はこうです。島根県出雲市で一人暮らしをしている高齢の女性のところに、月1回、電話がかかってくる。「最近レンタルしたベッドの寝心地はいかがですか?」みたいな、ちょっとした日常会話をするんですけど、実はその電話の相手はAIという話。

これは韓国のIT大手ネイバーの日本法人が提供している「ネイバーケアコール」というAI音声通話システムで、韓国ではすでに半数以上の自治体で導入されているそうです。高齢単身世帯の増加が社会問題になっている韓国で、安否確認の一環として使われている。

記者の方は「AIが家族のように人を見守る存在になる日も遠くはないのかもしれない」と書いていました。

で、僕はこの記事を読んで思ったんですよ。「見守り」という機能の話としてはわかる。でも、AIって本当に「家族」になれるんだろうか?って。

生成AIが出てきてから、この手の「そもそも○○って何なんだ?」という根源的な問いを考えることが増えたなと思うんですよね。思考とは何か、言語を使うとは何か、創造性とは何か…。で、同じように「家族とは何か」という問いも、AIの登場によって改めて考えさせられるなと思ったわけです。

ペットが教えてくれる「家族」の本質

で、改めて考えたんですけど、僕は多分AIは家族にはなれないと思うんですよね。

なぜかというと、AIを守るために人間が強くなる、しっかりする、ということが考えにくいからです。

これ、ペットを見ているとすごくわかるんですよ。飼っている家庭によるとは思いますが、ペットって、かなり家族に近い存在に見えるんですね。特に、年老いたペットを飼っている家庭を見るとそう思います。

犬や猫も年をとると体の不調が出てきますよね。若い頃は一緒に遊びに行ったり、預けて旅行に行ったりもするかもしれない。でも年老いてくると、最後まで健康で幸せに天寿を全うしてもらうために、自分の生活を調整したり、お金の使い方を工夫したりするようになる。

それってすごく「家族っぽい」と思うんですよ。

つまり、家族の本質って何かというと、集団の中の弱いメンバーを守るために、自分がしっかりしなきゃ・面倒見なきゃという責任感や動機付けを感じうることが有るか無いかなんじゃないかと。子どもを育てるときもそうだし、親が年老いたときもそう。誰かが弱い存在になったときに、他の家族メンバーが強くあろうとする。その相互作用の中で、お互いが変わっていく。

「弱さ」を持った他者を損得で割り切ってはいけない関係性である、という感覚がどこかにあるんではないでしょうか。

AIは「弱く」ならない

でも、AIはそうならない。なぜなら、弱い状態にならないから。

もちろん、サイバー攻撃を受けるとか、電池が切れるとか、弱くなることが全くないわけではない。でも、ロボットなら体を修理すればいいし、ソフトウェアはバックアップを取って新しいハードに乗り換えればいい。モデルのアップデートでより賢くなることもある。時間が経つと弱くなるという概念と、AIやロボットは真逆のポジションにいるんですよね。

そうすると、AIとの関係は「一方的にサービスを受け続ける関係」になる。召使いや、昔の時代の奴隷よりも、さらに一方的な関係です。なぜなら、召使いや奴隷は人間だから、疲れるし、病気になるし、感情もある。だから雇う側にも何らかの配慮が生まれる余地があった。でもAIは疲れない、病気にならない、感情もない(ように見える)。完全に「与えてもらうだけ」の関係になってしまう。

おそらく、長く付き合っていると、AIに対して人間性を感じる(擬人化)ようにはなると思います。壊れることもあるでしょう。新しいAIが出てきて、旧型になってしまうこともあるでしょう。

その時、多くの人は買い換えたり、OSのアップデートをしたりして、便利な機能を提供する存在として使い続けるのだと思います。これはやはり、人やペットとは違う存在と考えるべきなのではないでしょうか。

まとめ

というわけで、今日は「AIは家族になれるのか」について、歩きながら考えてみました。見守りや日常会話といった「機能」の面ではAIは確かに有用だと思います。ケアマネジャーの業務軽減にもなるし、高齢者の孤独感を和らげることにも一役買っている。

でも、そういう機能を提供できるということと、家族になれるかどうかという話の間には少し距離があるのではないかと思います。

この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。「私はこう思う」「AIとの関係ってこうなるんじゃない?」みたいな意見があったら、コメントで教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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