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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.12.1
中国総領事の過激発言を「権力格差」で読み解いてみる – 歩きながら考える vol.178
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、権力格差が高い社会や組織における人々の行動原理について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近の日中関係についてちょっと考えてみようと思います。
いま日中関係がなかなか大変なことになっていて、改善にはだいぶ時間がかかりそうだというのが一般的な見方ですよね。今回の話のきっかけになったのは、高市首相の国会答弁でした。台湾有事について「存立危機事態に該当し得る」と発言したんですけど、それに対する中国側の反応、特に薛剣・駐大阪総領事のSNS投稿がかなり過激でしたね。
「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」
という投稿がXに上がって、数時間後に削除されたものの、スクリーンショットが一気に拡散しました。日本の人たちをかなりびっくりさせたというか、「なんて酷いことを言うのだろう」という反応が多かったと思うんです。僕もニュースを見たときは正直驚きました。
で、今日考えてみたいのは、高市さんの発言が適切だったかどうかとか、1972年以降の日中合意がどうこうとか、そういう話ではないんです。そうではなくて、あの手の過激な発言がどういう文化的なメカニズムから出てきたのか、ということ。歩きながら、ゆるく考えてみようと思います。
中国は「権力格差が高い」社会
ここで役に立つ概念が、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードの6次元モデルにおける「権力格差」(Power Distance)というものです。
これ、簡単に言うと「組織や社会の中で、権力が弱い人が、権力の不平等を当然のものとして受け入れている程度」のこと。ホフステード指標を見ると、中国のスコアは80で、日本の54よりかなり高いんです。
スコアが高いとどうなるかというと、ヒエラルキーが当然のものとして受け入れられていて、上の人の意向が絶対視されやすい。逆にスコアが低いと、上下関係はあっても「言うべきことは言う」みたいな感覚が出てくる。日本は54でアジアの中では低い方。中国の80というのは、かなり「上の人に従う」傾向が強い文化ということになります。

任侠映画で考える「忠誠のアピール」
この権力格差の話、ちょっと任侠映画で例えると分かりやすいかもしれません。
ヤクザの世界って、盃を交わした時点で親分と子分の関係が決まりますよね。盃の儀式でも、親分と子分で酒の量が違ったりして、最初から「不平等であること」が当然のものとして組み込まれている。これってまさに権力格差が高い状態です。
で、この世界で子分が手柄を立てる方法の一つが、親分が直接命令しなくても、親分が不快に思っている相手に先回りして攻撃すること。いわゆる「鉄砲玉」ですよね。親分の意向を忖度して、過激な行動を取ることで忠誠心を示す。逆に、親分の顔に泥を塗られたのに何もしなければ、「組織が舐められる」ことになってしまう。
もちろん、中国政府をヤクザと同一視しているわけじゃないですよ。その辺誤解しないでくださいね。でも、「上位者への忠誠を示すために、外部に対して強硬な態度を取る」という構造は、似ているところがあるんじゃないかと思うんです。
いわゆる「戦狼外交」と呼ばれる中国の強硬な外交姿勢について、多くの専門家が指摘しているのが、あれは相手国へなんらかのインパクトを狙ったものではなく、北京(本国政府・習近平主席)に向けた忠誠心のアピールだという点です。
こう考えると、あの総領事の発言も少し違って見えてきませんか? 日本人を怒らせることが目的なんじゃなくて、「私はこれだけ強く日本に言いましたよ」という北京へのアピール。外集団(日本)の反応よりも、内集団(党)での評価が優先されている。権力格差が高い社会では、こういうインセンティブ構造が生まれやすいんだと思います。

面子対面子の罠にはまらないために
さて、ここからが大事な話なんですけど。
日本人の感覚からすると、今回の中国側の発言や態度って、それこそ「こっちの面子に関わる挑発」に見えますよね。一国の首相に対して「汚い首は斬ってやる」なんて言われたら、怒りを感じるのは当然だと思います。僕も正直、ニュースを見たときは酷いなあ・・・と思いました。
でも、ここで反応してしまうと、面子対面子の対決にはまっていくことになる。向こうが面子を守るために過激な発言をして、こっちも面子を守るために強く反応して、それに対してまた向こうが…という構造。これ、エスカレートしていくのは目に見えてますよね。
だからこそ、ちょっと引いた目線で考えてみたいんです。「なんであんな発言が出てくるのか」を文化的な構造で理解することで、感情的な反応から一歩引けるんじゃないかと。怒りを感じること自体は自然だし、否定する必要はない。でも、その怒りのまま反応するのか、構造を理解した上で冷静に対応するのかでは、その先の展開が全然違ってくると思うんです。
というわけで、今日は中国総領事の過激発言を、権力格差という文化心理学の視点から考えてみました。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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