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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.10.28
若者の自殺が高止まりしている話:中高年も抱える「よって立つところ」を失う感覚 – 歩きながら考える vol.156
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、社会への絶望からくる自殺について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと気が重くなる話をしたいと思います。2025年10月24日の毎日新聞の記事で、若者の自殺が5年連続で3,000人を超えているという報道を読んだんですね。2024年は15歳から29歳の自殺者が3,125人。特に女性の自殺が2019年以前と比べて40%も増えている。
読んでいて、すごく暗澹たる気持ちになりました。若い人が自殺するっていうのは、なんていうか、社会の将来への見通しの暗さを暗示してるような気がして。でも同時に、これって若い人だけの問題じゃないなとも思ったんです。今日はそんな話を、歩きながら考えてみます。
若年層から中高年まで共通する「何か」
記事によると、若い世代の自殺の主な原因は「進路に関する悩み」だそうです。ただ、この「進路の悩み」が具体的に何を指すのかは、よくわからない。受験の失敗なのか、就職の不安なのか、それとももっと根深い、「期待される姿」と「自分の現実」のギャップなのか。様々な要因が絡み合っているんだと思います。
ただ、「こうあるべき姿と現実のズレ」とか、「どうにもならない感覚」っていうのは、実は中年の僕も感じることがあるんですよね。ここからは、中高年が抱える似たような感覚について、少し掘り下げてみたいと思います。

「アノミー」という視点で考えてみる
こういう「よって立つところを失う感覚」を考えるとき、社会学の「アノミー」という概念が参考になります。19世紀の社会学者デュルケムが『自殺論』で使った言葉で、社会規範が弱まって、人が支えを失った状態のことです。
その後、アメリカの社会学者マートンが、この概念を発展させました。マートンによれば、「社会が求める目標」と「それを達成する手段」がズレた時にアノミーが起きる。
つまり、社会には「こうあるべき」という目標(豊かな生活、成功など)があって、それを達成するための正当な手段(教育、誠実な労働など)がある。でも、この二つがズレてしまうと、人は「何を信じていいのかわからない」状態に陥るわけです。
今まさに、世の中でそういう状況が起きてるんじゃないかと思うんです。
信じてきた「手段」が通用しなくなる
僕は40代後半なんですけど、自分が育ってきた時代に信じてきたものが色あせて、社会が明後日の方向に進んでいるような感覚を強く持っています。
僕らの世代は、戦後民主主義でリベラルな時代に育ったから、「何をするかは個人の自由で、努力すれば、ポテンシャルを開花できる」という時代の空気を吸って育ってきました。しかも、その努力は「正当な方法」でやらなきゃいけない。誠実に、正直に、常識の範囲で、ルールを守って。他人に迷惑をかけたり、人を貶めるようなやり方は、努力として認められないって。
でも、今の社会を見てると、そういう常識だと思っていた「正当な手段」への信頼が崩れてる気がするんです。
例えば、SNSでは、平気で嘘をついたり、デマを流したりする人が大きな注目を集めて、その注目が実際に力になって物事を動かしていく。極端な話、「言ったもん勝ち」みたいな状況が、この10年、20年で当たり前になってきた。
昨今の政治状況を見てても、そう感じることが多い。正当なやり方よりも、バズった方が力を持つ。自分が信じてきた「誠実に、正直に」っていう手段が、本当に正当なのか、揺らいでくるんですよね。
これが、よって立つところをなくすっていう感覚なんだと思います。

社会が目指す「目標」そのものも変わってきている
手段だけじゃなくて、社会全体が目指してる方向、つまり「目標」そのものも変わってきてる気がします。
僕らが若い頃は、少なくとも建前としては、「自由と平等が尊重される社会を作る」っていうのが暗黙の共通目標だったと思います。基本的に、自由と平等っていうのは、両立させるのが難しいのだけど、それを両立させるために知恵を出すのだ、という考え方。なんでも自由にやってよいわけではなく、環境問題についても、持続可能性とか、次の世代のために、みたいな社会全体や将来世代との平等のことも考えないとならないと言われてた。
でも最近の政治や社会の風潮を見てると、なんか違う方向に向かってるように見えるわけです。「いま、ここにいる、自分」が大事なのはその通りなんだけど、あまりにもそれだけになってしまっているように感じるわけです。「いま、ここに居ない、他者」への配慮はどうするの?という違和感が消えない。自分が信じてきた価値観とは違う方向に、社会のマジョリティが向かってる感じがするわけです。
つまり、目標も手段も、両方がズレてきている。そして、そのズレる前の体系で年齢を重ねてきた人にとっては、このズレはものすごく辛いんじゃないかと思うんです。
若い世代は、最初から新しいルールの中で育つから、ある意味適応しやすいのかもしれない。でも僕らみたいに、40年以上かけて旧来の価値観を身体化してきた世代は、「世界は一体どうしてしまったのか?」っていう感覚が強い。
適応しようにも、身体化された価値観を簡単に捨てることはできない。「正直に生きる」とか「誠実に働く」とか、そういう基本的な部分を否定することは、自分自身を否定することになっちゃうから。
だから、正直、僕自身、自殺っていうのは身近に感じます。「いつ人生終わらせようかな」みたいなことを、密かに心の中で考えてる人って、世の中に割と多いんじゃないかなって気がするんです。
孤立しないために、つながることの大切さ
じゃあどうすればいいのか。
大半の人は社会の変化に適応していくんだと思います。新しい目標も、新しい手段も、両方受け入れて、そこでやっていく。それはそれで、一つの生き方です。
でも、どうしても納得いかないっていう人も、一定数いる。
そういう人にとって大事なのは、コミュニティの存在なんじゃないかと思うんです。
社会全体、マジョリティは違う方向に向かってるかもしれない。でも、グローバルに見渡せば、同じような価値観を持ってる人って、実はかなりいるはずなんですよね。一つの国や地域ではマイノリティかもしれないけど、世界全体で束ねると、相当な人数になる。
旧来の価値を大事にしたいって思ってる人たちは、周縁化されてるかもしれないけど、確実に存在してる。そして、そういうマイノリティがグループとして存在するっていうのは、ごく自然な現象だと思うんです。
だから、一番大事なのは「孤立しないこと」なんじゃないかと。
似たような価値観を持ってる人を探して、つながって、そこで連帯していく。社会全体が違う方向に向かったとしても、自分が「よって立つところ」を、そのコミュニティの中に見出すことができるんじゃないかって思うんです。
これからの社会では、そういう似た価値観を持つ人たちをつなげて、ネットワークのハブになれる人が、すごく貴重になっていくんじゃないかなって気がします。孤立してる人同士をつなげる役割。それって、とても大事な仕事になっていくと思います。
というわけで、今日は若者の自殺の記事から、中高年が抱える感覚、そしてそれに対してできることまで、ちょっと重たいテーマを歩きながら考えてみました。もしみなさんの中で「自分もそう感じてた」みたいな感想があったら、コメントで教えてもらえると嬉しいです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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