YASUSHI WATANABE.COM

Blog

本棚

2016.7.1

すべての人は「間抜け」である

渡邉 寧 | 株式会社かえる代表取締役

■間抜けとは何か?

ちょっと前ですが、ビートたけしさんの「間抜けの構造」を読みました。本を読んでの読書メモ。

「間抜け」の語源は「間」が悪いということなんですね。
テンポが悪い、拍子抜けする、というところから転じて「あの人は間抜けである」となる。

人と人が対面すれば、その間には「間」ができます。その「間」を言葉や空気や態度が行ったり来たりするわけで、そのテンポが悪いと「間抜け」になる。

「あいつ、なんか間が抜けてるよな~」という発言を聞くことがあります。しかし、ここで思うんですが、誰が見ても「間抜け」なんていう人、本当に存在するのでしょうか?

■間抜けはあくまで相対的な評価に過ぎない

MBTIをやっていてつくづく思うのは、誰にとっても心地の良い「間」というものはあり得ないということ。タイプによって心地よく感じる「間」の距離は変わります。ある人によって心地よいと感じる距離感やテンポが、他の人にとっては心地悪いと感じることは良くあります。

そして、人は、他者が心地よいと感じる「間」の距離を往々にして誤解します。なぜなら、人は自分の心地よい「間」を基準にして、人との間を詰めたり広げたりするから。

この世界の人間関係というものは、構造的に難しいものなんです。誰もが心地よく、仲良く出来れば良いのだけど、素晴らしい人間関係は簡単には出来ません。異質なものをお互いに受容し合い、心地よい状態を保つことは簡単ではありません。

つまり、「間抜け」とは常に相対的なものであって、絶対的な「間抜けな人」なんていないんじゃないかと思うわけです。

確かに、「この人は間抜けだな~」と思うことはあるし、他の人も同じ人に関してそう思っていることはある。しかし、自分とは全く別の他のタイプの人からすると、その人はごくごく普通の人であり、「間抜けだな~」と言っている我々の方がよっぽど間抜けに見えるのかもしれない。我々が「間抜けだな~」と思うのと同じくらい、我々は「間抜け」だと思われているかもしれない。

■自らの「間抜けの構造」を認識する

この世のすべての人は、ここで言われる「間抜け」に当てはまるんだと思います。

ユングは人は「愚か者」であると言いました。人の認知はそもそも歪んでおり、その歪んだ認知でしか世界をとらえることが出来ない。しかし同時に、ユングは「人は賢者にもなれる」とも言いました。自分の認知のゆがみを意識化していくこと、そして生涯を通じた心の意識化を進めていくこと。

全ての人は構造的に「間抜け」であるので、間が抜けていることは何も恥ずかしいことではありません。

自分の「間抜けの構造」をまずは認識することが、人としての成長の第一歩。人をみて「間抜けだな~」と思ったら、その人を「間抜けだ」と思った自分の認知の構造に目を向けることの方が、「あの人は間抜けだ」というよりもよっぽど重要で大切なことなんだと思います。

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。 2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。株式会社かえる代表取締役。

プロフィール詳細

関連ブログRelated Blog

般若心経から考える「まともな大人」像

ヨガと瞑想本棚

2019.6.6 NEW

般若心経から考える「まともな大人」像

ティック・ナット・ハンの般若心経 今回は、ベトナム出身の禅僧で、アメリカとフランスを中心に活動するティック・ナ… more

組織開発における「ドリルの穴」問題

本棚

2019.5.28 NEW

組織開発における「ドリルの穴」問題

「ドリルの穴」との距離感 「チームコーチング」ピーター・ホーキンズ著の読書メモ。 「ドリルを買う人が欲しいのは… more

要するに、戦略とは何なのか?

本棚

2019.5.22 NEW

要するに、戦略とは何なのか?

神戸大学三品先生の「経営戦略を問い直す」を読んでの読書メモです。5章立ての新書ですが、章の名前が「1.誤診」「… more

いち早く記事更新をお知らせします。
「登録する」を押すと、登録メールアドレスに確認メールが送信されます。
確認して本登録をしてください。

個人情報の取り扱いに関して