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2019.7.9

国が「成長」ではなく「成熟」に向かうのはそんなに悪い話ではない

渡邉 寧 | 株式会社かえる代表取締役

国のあり方を考え直す

波頭亮さんの2010年の著書「成熟日本への進路」を読んでの読書メモです。

日本の場合、多くの人の頭の中で、311の前後で国の根幹に関する考え方が大きく変化をしています。なので、2010年当時の状況と比べてどうなんだろうと思いながら読みなおしましたが、結論として今の状況を鑑みても示唆深い考察をされていると感じました。

さすが波頭さん。

波頭さんはオーセンティックな戦略コンサルタントのロールモデルのおひとりですね。社会全般のイシューに対して広く・深く考察をして発信されています。シンプルに、合理的に、考えた時に見えて来ることを、分かりやすく伝えてくれる人の存在は社会にとってとても貴重。

国としてのヴィジョンの合意は取れないのか?

手垢の付いた話しではありますが、企業経営を行う際、ヴィジョンを明確にすることは経営に有効に作用します。

というのも、「どのような自分たちでありたいのか」が共通認識となっていれば、メンバーの判断基準や行動はおのずと最適なものが選択されていくからです。逆にそれが無いと、集団としてのアライメントが取れず、組織として上手く動きが取れません。

波頭さんは、現在の日本のマクロ経済社会環境を考えると、GDPにおいて日本は成長フェーズではなく成熟フェーズにあるのだから、そう認識すればおのずと国としてのヴィジョンは固まってくるだろうと言います。

医・食・住が安定しているという状況が作り出せれば生活不安は無くなります。よって社会的セーフティネットを整備する。そうすれば、不必要な景気対策は打つ必要が無く、結果として生産性の低い産業領域を延命することも無く、速やかに新産業領域を中心とした国づくりに社会全体が移行出来る。

我々の時代は、イノベーションによって解決することが必要な社会課題が数多くあります。日本が世界のトップを走っている高齢化問題では、如何に健康寿命を伸ばすか?とか、介護負担をどう分散させるか?といった問題は喫緊の課題。

また、日本はエネルギーも食料も自給率が低く、長期では持続可能性の問題があるし、短中期では安全保障上の問題があります。この自給率をどう上げていくか?という問いに対してイノベーションの観点から答えが出せるとしたら、これは大きな社会的安定に繋がるし、新規産業として非常に有望。

これらは極めて明確に見えていることなのだから、意思をもって投資をして新しい産業を育てていくことが望まれる。

シンプルなファクトを繋いで行けば、見えて来るヴィジョンは明確で、しかもそれはとても魅力的だし希望溢れるものに見える。

国として「どうやって食っていくか」というヴィジョンを共通認識として持つことが出来れば、「一所懸命頑張って、完璧な結果を出す」というのは男性性と不確実性の回避が高い日本文化の専売特許みたいなものなのだから、そういう国に向けて力強く動き出すのだろうと思うわけです。

適切な政治主導を期待したい

見えているヴィジョンがあるのだから、それに基づいて皆で一気に走っていきたい。個人的にはそう思いますが、実際の政治の動きはそうはなっていない。

波頭さんの本を読んでいて、一つだけ隔世の感があるのが「行政改革」に関する一連の議論。霞が関の官僚組織が強すぎて、政治が機能せず、各省庁の省益に沿った政策しか出てこないという話。

どんなに政治家が頑張ったとしても、専門知識で上回る官僚がスクラムを組んで、更に記者クラブを使ったメディア支配までしてしまったら、政治主導での改革は絶望的という構造がかつてはあった。波頭さんは、この状況を打破するカギとして①官邸/内閣が官僚の人事権を掌握することと、②特別会計を透明化・解消すること、を指摘しています。

そして正に、この①官邸/内閣が人事権を掌握すること、を行って政治主導を強化したのが安倍内閣。政治家と官僚の関係性は2010年当時とは大分変化しているように見えます。

この状況がどこまで続くのかは分かりませんが、かつての行政改革時代に戻ることなく、かといって強すぎる政治主導による不適切な忖度が行われることなく、国としてのヴィジョン形成とそれに即した政策論議が適切になされることを期待してやみません。

選挙のたびに、その時の有権者の関心において耳障りの良いことを訴えたり、他の政党の不祥事を追求するだけでなく、それらの主張がどのようなヴィジョンのどの位置を占めているのか、そういう全体観を持った議論を行うことを政治には期待します。

同時に、民主主義の体制においては、有権者側が「どのような社会を自分たちは望むのか。現実的にどうしていきたいのか」ということを、主体性をもって考えることが必要で、そのための健全な言論空間がコミュニティとしてあることが必要だと感じます。

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。 2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。株式会社かえる代表取締役。

プロフィール詳細

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