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異文化に対応する

2021.6.6

謙虚は美徳か?|文化によって変わるアピールの仕方

渡邉 寧 | 株式会社かえる 代表取締役

「もっと強い表現で書かないとダメ!」というフィードバック

個人的に、今年から大学院の博士課程に所属して論文指導を受けているのですが、先日論文のAbstract(概要)に関して指導教授からフィードバックを受ける機会がありました。研究の目的・方法・結果を250語程度の英語で書いたものに対するフィードバックで様々な観点のフィードバックをもらったのですが、その中で「面白いな」と感じたのが「表現が弱い」というもの。

特に、使っている動詞に弱さを感じたそうで、”There is/There are”みたいなBe動詞の使用が多すぎて、表現が弱く感じるということでした。重要性や問題を明確にするもっと強い動詞を使った方が良いですよ、というフィードバックでした。

 

北米は「オーバーセル(Oversell)」が基本

これを聞いて、「あ、学術場面もビジネス場面も変わらないんだ」と思いました。

商談などのビジネス場面で、北米では「オーバーセル」をするのが当たり前です。いかに自分自身や自分のサービス・商品が素晴らしいかということを「それ、ちょっと盛り過ぎじゃない?」と感じるくらい表現する。この傾向は、ビジネスだけに留まらず学術研究においても当てはまるということなんだな、と思ったわけです。

日本文化下でコミュニケーションをしていると、自分のアピールのさじ加減は難しく、あまりにもアピールしすぎると、逆に「胡散臭い」と感じてしまう為、気持ち控えめのアピールをするのが当たり前になってしまっていることが多いかもしれません。どのくらいの「さじ加減」が適切かは文化によって変わってくるので、この調整を学術論文においても意識する必要があるのだろうと思います。

下記は、ホフステード・インサイツ・ジャパンで行っている「異文化交渉」のトレーニング資料の一部ですが、例えば商談においては、お客様は神様では無く(売り手と買い手は対等な立場)、相手に対してへりくだるのではなく、「常にオーバーセル」をすることが重要ということが文化的根拠と共に示されています。

 

 

ビジネスの世界とアカデミックの世界では、常識とされていることに差がありますが、国レベルの文化は、その双方に影響を及ぼしています。ビジネスの世界に比べると、アカデミックの世界の方が、表現はマイルドになる傾向はあると思いますが、北米のアカデミック界と日本のアカデミック界を比べると、北米の方がよりストレートにオーバーセルする傾向になるんだろうと思います。

心理学周辺の学術誌は北米を中心に構成されているため、文化的には北米のスタンダードの影響が強いのだろうと思います。そのことに気づくフィードバックとなりました。

 

ビジネスでも見られる北米の「オーバーセル」

北米のオーバーセル傾向は、身近な例で言うと、求職者のレジュメ/CVに見て取ることが出来ます。北米の求職者のものを見ると、いかに自分が優秀で、経験豊富で、素晴らしい人材であるかということが明確に記載されています。

優秀さに関する表現のレベルがズレているので、日本人の感覚水準で北米の候補者のレジュメ/CVに書いてあることを元に採用すると、採用後に期待値との乖離に愕然とし、「全然違うじゃないか」と思ってしまうこともあるかもしれません。

逆に、日本人感覚水準での自己アピールは、北米の人には「弱すぎる」と感じられ、実際に高い能力を持っていたとしても、実力を低く見られてしまうこともあるでしょう。

これは、文化的な感覚水準の違いから生じるミスコミュニケーションなので、クロスカルチャー文脈では気をつける必要があります。

 

オーバーセルが苦手な日本人へのヒント

「北米ではオーバーセルをするのが普通」というのは、頭で理解するのは簡単ですが、日本人が実際に実行するのは難しいかもしれません。特に自分についてのオーバーセルは、自分について何か嘘をついているような気分になるし、根拠無く自分を派手に飾り付けているようで居心地の悪さを感じるかもしれません。そもそも、自分をオーバーセルすることに慣れていないので、スキルとしての強い自己アピールが発達していない人もいるでしょう。

文化的価値観はこころの無意識深くに刻まれています。「控え目であることが美徳」と考える日本文化の影響を強く受けていると、自分についてオーバーセルすることは価値観に反する為、心理的な抵抗感が出てくることがあります。

とはいえ、文化によっては売り込み方のさじ加減は変えたほうが良い。「謙虚さの美徳」を保ちつつ、自然にオーバーセルするために、日本文化的には下記のような考え方をするのが良いのではないかと思っています。

すなわち、「自分自身や自分達のサービス/商品をオーバーセルしないことは却って失礼だ」と考えるのです。なぜ失礼なのかというと、今の自分が居るのは親や家族や友人や学校の先生や友人など、様々な人達のおかげであるのに、自分をオーバーセルしないということは、そうした周囲の人たちの関わりや支援や教育に対して、自分が自信を持って評価していないということを意味するからです。

サービスや商品も同じことで、直接的・間接的に様々な人が関わって出来ているサービスや商品をオーバーセルしないということは、関わってくれたすべての人達の努力や思いを自分が自信を持って表現していないということを意味します。これは関わってくれたすべての人達に対して失礼。

日本は文化的に若干集団主義の傾向を持っているので、関係性を意識すると力が湧いてくることがあります。人は一人で生きているわけではなく、相互依存の関係性の中で生きており、今ここで自分が強くアピールをするかしないかということは、自分ひとりの問題ではありません。多くの人を代表して、今ここで自分は立っているという意識を持つと、自ずと自信が湧いてくることを感じる人は多いでしょう。

異文化対応とは、相手の文化圏の価値を理解することでもありますが、同時に自分の文化的価値観をしっかりと認識し、最も自然に力が発揮できる状況を認識するということでもあります。北米のオーバーセルへの対応はこうした日本人らしさを再認識する良い機会でもあります。

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。 株式会社かえる 代表取締役

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