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2026.3.26 NEW
日本がOpenClawで相当出遅れるかもしれない文化的理由 – 歩きながら考える vol.256
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、中国で爆発的に広がるAIエージェント「OpenClaw」と、日本の文化について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は歩きながら、2026年3月18日の日経新聞で見かけた記事について考えてみようと思います。AIエージェント「OpenClaw(オープンクロー)」の話なんですが、これがテクノロジーの話ではあるんですが、日本の文化的課題がくっきり浮かび上がる記事でもあると思ったんですよね。
AIが「会話相手」から「デジタル社員」に変わる
まず、OpenClawって何かという話から。これはオーストリア人の技術者が開発したオープンソースの自律型AIエージェントです。ChatGPTのような「質問に答えてくれるAI」とは根本的に違っていて、AIが実際にあなたのパソコンを操作して仕事をしてくれる。LINEやDiscord、WhatsAppなどのチャットアプリから指示を出すと、AIが自律的にPC上で動きます。
たとえば、「毎朝6時に、Xで『生成AI』に関するバズっている投稿を5つ要約して、LINEに送っておいて」と一度指示すれば、OpenClawが夜中のうちにPCを動かし、ブラウザを開いて検索・抽出・送信まで完結させる。外出先からスマホで「デスクトップにある『2026年度予算案.xlsx』をPDF化して、部長にメールで送っておいて」と頼めば、自宅のPCがそのとおりに動く。今までのAIは「会話相手」だったけれど、OpenClawは「パソコンを操作するデジタル社員」のようなもの。ここが根本的に違うところです。
で、このOpenClawがすごいブームになっているのは聞いていたんですけど、僕が日経の記事を読んでびっくりしたのは、その先の話なんですよね。

中国では地方政府まで先走っている
何にびっくりしたかというと、中国では地方政府レベルがものすごく柔軟に動いているということです。
日経の記事によると、深圳市龍崗区がOpenClawの普及支援策についてパブリックコメントを始めた。それだけじゃなくて、深圳市の福田区はOpenClawを搭載した行政用AIエージェントを始動させたり、深圳市の衛生健康データ管理センターがOpenClawの研修会を実施して200名以上が参加したりと、行政の現場レベルでもうどんどん試している。
一方で、中央の当局はリスクも認識していて、国家安全省がセキュリティリスクを呼びかけ、政府機関や国有企業、大手銀行の業務用パソコンにはダウンロードを禁じたとも報じられています。つまり、地方が先走って試す→中央がリスクを見て線を引く、という話がすごいスピードで動いている。日本ではまずありえない構図だなと思ったんです。
で、ここから僕が考えたのは、この違いってテクノロジーの問題というよりも、文化の問題なんじゃないかということ。

同じリスクなのに、3つの国でこんなに違う
ホフステードの文化次元で考えると、この状況がすごくきれいに説明できます。
まず日本。日本は不確実性の回避が92と世界でもトップクラスに高い。未知のもの、何が起こるかわからないものに対して強い不安を感じる文化です。OpenClawのように「AIが自律的にパソコンを操作する」ツールは、まさにこの不安を直撃する。間違えてAIが組織内の資料を外部にメール送信してしまったらどうしよう、個人情報が流出したらどうしよう——そう考えると、明確なルールや基準が決まるまで怖くて動けない。特に官公庁や自治体であれば、ちょっとした組織内文書の流出でも大問題になるので、「使わない」という選択が合理的に見えてしまいます。
次に中国。ホフステードの研究で中国は権力格差が高く、不確実性の回避が低い文化です。不確実性の回避が低いので、未知のものに対して「とりあえずやってみよう」という柔軟さがある。禁止されていなければ試す。問題があれば、権力格差の高さが効いて、当局が上から「何をすべきか・すべきでないか」と明確に指示を出す。だから地方政府が先走ってOpenClawを試したとすると、中央政府がリスク管理で制御するという、文化的には一貫した対応になっているわけです。
そしてアメリカ。こちらも不確実性の回避が低いので、リスクがあっても「まず使ってみて、問題が出たら修正する」が基本スタンス。ただし中国とは違って権力格差がそこまで高くないので、当局が上から統制するというよりは、情報漏洩をさせた企業が損害賠償を請求されたり、より安全性の高い競合に駆逐されたりと、市場の原理を通じて最適化がなされるという考え方になります。
日経の記事によると、OpenClawの利用は米中で全世界の計65%を占めているそうです。もちろんAIの先進二大国だからという面はありますが、文化的に見ても「そうなるだろうな」と思える数字なんですよね。どちらも不確実性の回避が低い文化圏。「やってみないとわからないことは、やってみる」。その姿勢が普及の速度に直結している。
一方、日本はAIという存在そのものには親和的な文化です。鉄腕アトムやドラえもんに象徴されるように、AIやロボットを「怖い存在」ではなく「友達」として描く伝統がある。だから「AIが怖い」わけじゃないんです。怖いのは「何が起こるかわからないこと」であり、「問題が起きたときの責任」。この区別は大事だと思います。
そして、最初の一歩が止まると経験値が溜まらない。経験値が溜まらないと次の可能性が見えない。可能性が見えないからさらに動けない。中国やアメリカではこのサイクルがすでに回り始めているのに、日本は入口のところで止まってしまう。この差は、時間が経てば経つほど広がっていきます。

文化の「弱み」をエンジンに変える
じゃあ日本はどうすればいいのか。僕は、日本の文化特性はスイッチの入れ方次第で、むしろ一気に普及するエンジンにもなりうると思っています。カギは、文化に合った順序でスイッチを入れること。
最初に必要なのは、信頼できる専門家が明確に危機感を示すことです。不確実性の回避が高い日本では、「よくわからないもの」に対して人が最初に求めるのは専門家のお墨付き。「このままだとまずい」「対応しないといけない」と、根拠を示しながら明確に言う人がいないと何も始まらない。逆に言えば、専門家が動けばそこが起点になる。
次に、その危機感が「このままだと負け組になる」という文脈で伝わること。日本はホフステードの研究で男性性が高い文化でもある。つまり達成や成功への志向が強い。「中国では地方政府レベルがもうここまで動いている」「米中で利用の65%を占めている」という情報は、単なるニュースではなく「自分たちが遅れている」という焦りとして刺さるはずです。
そしてその動きが、「日本として取り組む」という集団のストーリーに乗ること。日本は若干集団主義的な文化なので、個人がバラバラに動くよりも、「業界として」「我々の組織として」という文脈ができたときに、一気に同調圧力が働く。「みんなやっている」という流れが生まれれば、そこからの普及は速いはずです。
専門家の警鐘→競争で遅れるという危機感→「みんなでやる」流れ。この三段階は、中国の「当局主導」やアメリカの「個人の判断で動く」とは違う、日本の文化に即した普及の道筋だと思います。逆に言えば、この順序を無視して「とにかく使ってみましょう」と言っても日本では響かない。文化を理解した上でのインセンティブ設計が、ここでもやっぱり大事なんじゃないかと思います。
というわけで、今日はOpenClawの話から、AIエージェント時代における日本の文化的課題について歩きながら考えてみました。テクノロジーの話のようで、結局は文化の話に行き着く。そしてその文化は、弱みにもなれば強みにもなる。そこが面白いところだなと思います。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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