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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)歩きながら考える短期・長期志向(LTO)
2026.3.12 NEW
なんで日本人は、助けてもらうと「すみません」というのか – 歩きながら考える vol.246
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、「すみません」という言葉の不思議さについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は朝、作業場に向かう途中でAIと話をしていて、ふと面白いことに気づいたんですよね。同じ英語を喋っていても、日本人が喋ると日本人っぽい英語になるっていう話。前にもブログで触れたことがあるんですけど、今日はその具体例を一つ、歩きながら考えてみます。
「すみません」は感謝の言葉ではない
たとえば、病気になったとか、体の自由が効かないとか、そういう状況で誰かに助けてもらったとき。日本の人って、かなりの確率で「すみません」って言いますよね。ちょっとした手間をかけちゃったときも、「すみませんね」と。で、これを英語にすると “I’m sorry” とか “Sorry for that” になる。でも、北米の人が同じ場面で何と言うかというと、おそらく “Thank you” ですよね。
もちろん日本人だってありがとうと言うし、北米の人だってソーリーと言うことはある。でも、その比率に差があるんじゃないかと思うんです。
で、これ、単なる言葉の選び方の違いに見えるんですけど、よくよく考えると、その裏にある人間関係の捉え方がまったく違うんじゃないかと思うわけです。

「ありがとう」が回す良い循環
北米の場合から見ていきましょう。誰かに助けてもらったとき、「ありがとう」と言う。言われた方はどうなるかというと、嬉しいですよね。自分が役に立った、自分の行為には価値があったということを、相手から明示的に確認できるわけですから。これによって助けた側の自尊感情が高まる。
文化心理学の日米比較研究でも、こうしたメカニズムが裏付けられています。ヨーロッパ系アメリカ人は友人がストレスを抱えているときに明示的なサポート——感情的な励ましや具体的な手助け——を提供しやすく、その動機として相手の自尊感情を高めることが強く働いている。そして同時に、「ありがとう、助かったよ」という明示的なフィードバックを受けることで、助けた側もまた自分の行為に価値があったと感じられる。つまり、「あなたの助けは有効でした」「あなたには価値がある」と明示的に伝え合うことが、双方の自尊感情を支え、関係性を築くための重要な手段になっている。
こう見ると、「ありがとう」にはお互いにとって良い影響の円環が組み込まれていると考えられます。助けた側は「ありがとう」と言われて自尊感情が高まる。助けられた側も感謝を伝えて気持ちがいい。別の見方をすると、短い時間の中で、貸し借りがその場でゼロに清算される。双方の幸福度がその場で上がる仕組みに見えます。
そう考えると、「すみません」はこの円環を回さない言葉に見える。助けた側は「ありがとう」ではなく「すみません」と言われるわけで、自分の行為が肯定されたのか、それとも相手に負担をかけたのか、よくわからない。北米的な視点で見ると、「すみません」は合理的ではないということになりそうです。

「すみません」が動かす別の回路
しかし、日本の場合は話が変わってくるんですよね。
「すみません」と言うことは、「あなたに手間をかけました」と認めることですよね。つまり、「私はあなたに借りがある」という宣言になる。そういえば、言葉としても「すみません」は「済む」の否定形に見えます。済んでいない、つまり清算されていない。
で、この借りはいつ返すのかという話になる。病気してたり体が悪かったりすれば、その瞬間には返せないですよね。じゃあもっと長い時間をかけて、良くなったらお返しするね、ということかもしれない。場合によっては来世で返すのかもしれない(笑)。
つまり、「すみません」ということは、まったく別の関係性の回路を動かしている。心理的な帳簿に「あなたへの負債」を記帳する行為であり、「きっとこの借りは返しますので」という宣言に見える。そしてそれは、「この関係は長く続いていくんです」という、長期的な関係性の宣言でもあるのではないか。
明示的に「ありがとう」「どういたしまして」と交わしてその場で清算するのではなく、暗黙のうちにお互いの貸し借りを認識し合い、長い時間をかけてバランスを取っていく。「ありがとう」はその場で貸し借りをゼロに戻す。「すみません」は借りを残すことで関係を延長する。どちらも最終的にはバランスされるんだけど、その帳簿の決算期間が違うということなのではないかと思うわけです。
そう考えると、「すみません」と言われるということは、「ああ、この人との関係は今後も続いていくんだな」という長期的な関係性を含意しているのであって、心地良い一言と受け止めることが出来るかもしれません。

まとめ:「ありがとう」を一言添える効果
というわけで、今日は「なんで日本人はすみませんって言うのか」を歩きながら考えてみました。
「ありがとう」は短期清算、「すみません」は長期清算。どちらが正しいということではなく、人間関係をどのくらいの時間幅で捉えているかの違いが、たった一言の言葉の選択に表れているのかもしれません。
ただ、一つ気になる研究があります。マーケティング分野の研究 で、サービスの遅延が起きたときに「お待たせしてすみません」と謝るよりも「お待ちいただきありがとうございます」と言った方が、顧客の自尊感情が高まり、満足度も上がるというものがあります。謝罪がサービス提供者の過失にフォーカスを当てるのに対して、感謝は顧客の貢献(忍耐強く待ってくれたこと)にフォーカスを移す。そのシフトが自尊感情を高めるメカニズムだ、と。
これを踏まえると、「すみません」だけでは相手の自尊感情を高める回路が回らないという話は、やっぱり無視できないとも思います。だったら、「お手間かけてすみませんでした」と言うときに、「ありがとうございます」という一言も添えるのが良いのかもしれません。「すみません」で借りを認めて関係を長期に位置づけつつ、「ありがとう」で相手の行為を肯定して自尊感情の円環も回す。短期清算と長期清算を同時にやる。もしそうだとしたら、日本人が無意識にやっているこの組み合わせは、実はなかなか優れた戦略なんじゃないかと思うんです。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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