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今日のテーマは、身体データの数値化と中年以降の幸福感について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。先日、京都マラソン2026を走ってきました。完走はしたんですけど、30キロ地点で足が攣ってしまい、しかも複数箇所が同時に。最後の12キロはほぼ歩いて、結果は4時間48分。過去最低に近い記録でした。
で、悔しいんですけど、正直に言うとこうなる予兆は全部見えていたんですよね。Apple Watchで4年間ずっとデータを取り続けていて、ダウントレンドなのはわかっていた。この体験から、中年以降の体との向き合い方についてちょっと考えてみたいと思います。
体づくりはプロジェクト。数値化はその基本
僕はApple Watchを使って、いくつかの身体指標を継続的に記録しています。主に見ているのは、VO2Max(最大酸素摂取量。どれぐらい酸素を取り入れられるかの指標)、心拍回復(心拍数が上がった後、どれぐらいで通常に戻るか)、そして安静時心拍数(普段の状態での心拍)の3つ。
1日1日のデータは、それだけ見ると点のデータでしかありません。でも、これを数か月、数年単位でまとめていくと、ベクトル、つまり「傾き」が見えてくる。この傾きがすごく大事で、トレーニングを適切に積み重ねていくと、心拍系の指標は確実にアップトレンドになります。逆に、積み上げがうまくいかないとダウントレンドが続く。
自分の体を整える・鍛えるというのも、一つのプロジェクトだと思うんです。プロジェクトである以上、指標を定めて、定期的に計測して、トレンドを見て判断するのが基本。これはビジネスでも同じことですよね。売上やKPIを追わずにプロジェクトを進める人はいない。体づくりも同じで、数値化してトレンドを追うことが、適切な介入のタイミングを教えてくれる。
しかも今はApple WatchとiPhoneの連携で、これらの指標が自動で測定される時代です。毎朝起きた時にちゃちゃっとトレンドを確認できる。テクノロジーのおかげで、かつてはアスリートしかできなかった継続的な身体モニタリングが、誰でもできるようになっています。

でも、中年以降は数値がモチベーションにならない
ここまでは「数値化は大事」という話。でも、今回の京都マラソンで痛感したのは、数値が見えていることと、それがモチベーションになることは別の話だということです。
若い頃は、「より速く、より強く、より長く」という右肩上がりの数値が自然とモチベーションになります。練習すればタイムが縮まる。筋トレすれば挙上重量が上がる。数値の上昇と努力が直結していて、それが楽しい。
でも、40代後半にもなるとそうはいかない。僕は例年、12月の奈良マラソンと2月の京都マラソンをマイルストーンにしてトレーニングを積んでいます。でも今シーズンは奈良マラソンにエントリーしなかった。12月にピークを持っていく必要がなくなったところで仕事が忙しくなり、夏以降のトレーニングの積み上げがうまくいかなくなりました。
しかも、中年以降は負荷のかけ方を間違えると、すぐに怪我になる。右肩上がりのトレンドを取り戻そうとしてスピードを上げたり距離を伸ばしたりすると、僕の場合は膝に来る。そしてとどめは、レースの1か月前に右膝に炎症が起きて、トレーニングができない期間が発生したこと。ダウントレンドのまま京都マラソンを迎えて、案の定、体ができていなかった。
これ、ほんとにメンタルに来るんですよ。自分の身体機能がダウントレンドになっているという事実を、数値だけでなくレースの結果で突きつけられる。
そしてこの問題は、マラソンに限った話ではありません。中年から老年期にかけては、フレイルの問題が出てきます。フレイルというのは、加齢に伴って心身の活力が低下し、要介護状態になるリスクが高まった状態のこと。身体的なフレイルだけでなく、口腔機能が衰えるオーラルフレイルや、社会的なつながりが薄れる社会的フレイルもあって、複数の観点で衰えに向き合わなければならない。
つまり、中年以降はどうしても「右肩上がりで嬉しい項目」が減っていく。「上昇=良い、下降=悪い」という価値観のまま数値を見続けると、数値化はモチベーションどころか、無力感の源泉になりかねません。

考え方を変える:自律性
ここで大事になるのは、数値を見るかどうかという話ではなくて、体との向き合い方そのものを変えることなんじゃないかと思っています。もっと言うと、「より速く、より強く」という方向性から、「自分にとって適切な状態を、自分で定義して、自分で追いかける」という方向性へのシフト。これは単なるテクニックの話ではなくて、生きがい(ユーダイモニックな幸福感)の基盤に関わる話だと思います。
ウィスコンシン大学マディソン校の心理学者キャロル・リフ(Carol Ryff)は、心理的ウェルビーイング(PWB)という概念を提唱しています。これはユーダイモニックな幸福感を測る枠組みで、6つの次元から構成されています。その中に、自律性(autonomy)という次元があります。この概念はライアン&デシ(Ryan & Deci)の自己決定理論においても、人間の基本的な心理欲求の一つとして位置づけられており、幸福感の研究において広くその重要性が認められています。
「若い頃の自分」や「他のランナー」と比較するのではなく、今の自分にとって何が適切かを自分で判断し行動していくことは、この自律性と強く結びつくと思うのです。
右肩上がりだけが幸福感につながるわけではない。むしろ、身体の衰えを認識した上で、「今の自分の身体の状態から考えて、最適な状態とは何か」を考え、それを具体的な数値に翻訳する。たとえば、安静時心拍数はどれくらいを維持したいか。下半身のレッグプレスは何キロ・何回できる状態でいたいか。上半身のチェストプレスやラットプルダウンはどうか、みたいなことです。
その「自分にとっての最適値」を自分で設定し、日々のデータで確実に追いかけている。これは極めて自律的な営みであり、中年以降の身体管理における幸福感の源泉なんじゃないかと思います。
まとめ:数値は「武器」にも「凶器」にもなる
というわけで、今日は京都マラソンで足が攣った話から、中年以降の身体データとの付き合い方まで、歩きながら考えてみました。
僕自身、今年はこの「自分にとっての最適値を追いかける」ということを、ちゃんとやっていこうと思っています。VO2Maxと安静時心拍数は毎朝チェック。筋力系はジムで記録。完璧じゃなくていいから、自分の傾きを自分で見続ける。それが、40代後半からの幸福戦略の一つになるんじゃないかと思ってます。
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著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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