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今日のテーマは、日本のリスキリングってホントに効果的に設計されているのか?という漠然とした疑問について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ新聞記事から考えたことを話してみようと思います。テーマは「リスキリング」。政府が力を入れている政策なんですけど、なんかちょっと違和感があったんですよね。歩きながら、ゆるく話してみます。
リスキリングと労働ニーズは整合しているのか
きっかけは、2025年12月6日の日経新聞の記事でした。国主導のリスキリングで、プログラムを受けても3割近くが就職できていないという話なんです。
政府はリスキリングに年1200億円規模の予算を計上していて、受講者1人当たり29万円超の公費が使われている。それなのに修了者の就職率は約7割で、3割の人がせっかく訓練を受けても仕事に就けていない。
記事を読んでいて気になったのが、提供されている講座の中身です。ウェブデザイナーとか、フラワーデザイナーとか、動画制作とか。これらの職種、実は有効求人倍率がかなり低くて、求職者の方が多い「人余り」の状態なんですよね。一方で、介護や建設現場といったエッセンシャルワークは慢性的な人手不足。労働市場のニーズと、リスキリングで提供されているプログラムって、本当に整合性がとれているんだろうか。そんな疑問が湧いてきて、なんだか気持ち悪くなってしまったんです。

「学校→就職」モデルの限界
この違和感の正体を考えていて、ふと気づいたことがあります。今のリスキリング政策って、大学までの教育課程と同じ発想で設計されているんじゃないかと。
つまり、「まず学校(講座)で学ぶ → その後で就職活動をする」という流れ。日本の新卒採用って、まさにこのモデルですよね。大学で学んだことと、入社後に実際にやる仕事が直結していなくても、若いから長期的な視点で育成すればいい。メンバーシップ型雇用の中で、じっくり社内で育てていく前提がある。
でも、リスキリングの対象者って、新卒じゃないわけです。30代、40代、50代。人生の途中でキャリアチェンジしようとしている人たち。この人たちに「まず半年間講座で基礎を学んで、それから就活してね」というのは、ちょっと違う気がするんですよね。
企業の側から見ても、「プログラミングの基礎を半年学びました」という人と、「現場で実際にこういう仕事をしてきました」という人がいたら、後者を採りたくなるのは当然です。記事に出ていた30代の男性も、職業訓練でプログラミングの基礎を学んだけれど、企業が求めるAI関連スキルとのギャップに苦しんで、結局派遣会社で学び直すことになったそうです。
デンマークの「逆算型」リスキリング
じゃあ、リスキリングってどうあるべきなのか。ヒントになりそうなのが、リスキリング大国と呼ばれるデンマークの仕組みです。
日経新聞の記事によると、デンマークには「フレキシキュリティ(Flexicurity)」という政策があって、これが日本とは全く違うアプローチとのこと。
まず、職業訓練のカリキュラムを誰が決めるか。日本では行政が主導して「これからはITだ」と講座を作りがちですが、デンマークでは企業(雇う側)と労働組合(働く側)が話し合って決めているそうです。「今、建設現場でこの機械を使える人が足りない」「介護でこの技術が必要だ」という現場のリアルな需要から逆算してコースが作られるため、「なんとなく人気がありそう」という講座が乱立することがないとのこと。
さらに、座学だけでなく企業での実地訓練も組み合わせているそうです。現場で必要なスキルと訓練内容の食い違いが起こりにくい。就職は労組が支援する。学び直しが無駄になる可能性が低いから、労働者は訓練に専念しやすい。「訓練」と「実際の雇用」が分断されず、セットで動いているわけですね。
これって、僕が考えていた「逆算型」のリスキリングそのものなんですよね。人を雇いたい企業があって、やってほしい仕事がある。その仕事に必要なスキルを、OJTに近い形で身につけてもらう。採用前提で現場に入り込む機会を国がサポートする。

まとめ:座学から現場へ、発想の転換を
日本がデンマークから「リスキリング」という言葉だけ輸入して、その土台にあるシステムを輸入できていないことが、僕が感じた違和感の正体なのかもしれません。
もちろん、デンマークは解雇規制が緩く、その代わりに手厚い失業手当があるという、日本とは異なる労働市場の前提があります。単純にコピーできるわけではない。でも、「学校で学ぶ → 就職活動する」という発想から、「現場のニーズから逆算する → OJTで実践的に学ぶ」という発想への転換は、日本でも取り入れられるはずです。
年1200億円という大きな予算。これが本当に人々のキャリアチェンジに役立つものになるために、「出口」から逆算した設計が必要なんじゃないかと思います。
というわけで、今日はリスキリング政策から、「学校→就職」モデルの限界と、デンマークの逆算型アプローチについて、歩きながら考えてみました。
この記事が少しでも面白い・役に立ったと思ったら、ぜひいいねやフォローをしてくれると励みになります。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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