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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.9.22

アンダークラス問題から考える「何のために強くあるのか」という問い – 歩きながら考える vol.131

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは日本社会に「アンダークラス」と呼ばれる、家庭を再生産出来ない層が形成されている件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は駅まで歩きながら、最近読んだ記事から浮かんできた考えを話してみようと思います。

9月5日の朝日新聞に、早稲田大学の橋本健二先生のインタビュー記事が載っていました。「ブラックホール化する『アンダークラス』」というタイトルで。橋本先生の調査研究は以前から興味深く追いかけていて、今回新しくまとめられた『新しい階級社会』という本も、とても考えさせられる内容でした。

アンダークラスというのは、パート主婦を除いた非正規雇用の労働者たちのこと。日本に890万人、就業人口の13.9%を占めているそうです。歩きながら、この数字の重さと、そこから見えてくる日本社会の姿について考えていました。

アンダークラスが示す「再生産できない」という現実

橋本先生の調査で明らかになったのは、アンダークラスの平均年収が216万円、貧困率が37.2%という厳しい現実です。でも、もっと深刻なのは、この層が「ブラックホール化」している点。

普通、貧困というと「貧困の連鎖」って言いますよね。親が貧困だと子供も貧困になるって。でも橋本先生は「それは違う」と指摘しています。アンダークラスの場合、そもそも子供を持てない。3大都市圏の調査では未婚率が69.2%、男性では74.5%に上っている。経済的な理由で、家族を持つことさえできない状態になっているということです。

つまり、賃金が労働者自身の生活を維持するだけで精一杯で、次世代を育てる余裕がないレベルまで下がっている。本来、賃金というのは、労働者が明日も働けるように回復するための費用と、次の世代の労働者を育てる費用、両方を含んでるはずなんです。でも今の日本では、その「次世代の再生産費用」が含まれないレベルの低賃金が当たり前になってしまった。

しかも、アンダークラスは消滅しない。他の階級から人が流れ込み続けるから。離婚した女性、正規雇用になれなかった若者、リストラされた中高年。経済システムが低賃金労働者を必要とし続ける限り、このブラックホールは人を吸い込み続けるという橋本先生のご指摘でした。

鬼滅の刃が問いかける「なぜ強く生まれたのか」

アンダークラスという社会階層を想像するにつれて、どうしても思い出すのが『鬼滅の刃』なんです。

(*このあとストーリーの記述が入ります。ネタバレしたくない方はご鑑賞されたあとにお読みください)

 

 

前作の無限列車編で、煉獄さんの母・瑠火さんが病床で幼い杏寿郎に問いかけるシーンがあります。「なぜ自分が人よりも強く生まれたのかわかりますか」って。そして母は言うんです。「弱き人を助けるためです」と。さらに「決して力を自分のために使うことのなきように」「私は強く優しい子の母になれて幸せでした」「あとは頼みます」と言い残して、亡くなっていくんですよね。

実際、煉獄さんは猗窩座との戦いで「ここにいる者は誰一人死なせない」と宣言します。その場で自分が一番強かったわけですが、自分より弱い鬼殺隊の隊員や乗客を守って、自分は命を落としていく。最期に「母上、俺はちゃんとやれただろうか、やるべきこと果たすべきことを全うできましたか」と問いかけ、亡き母の姿を見て、母から「立派にできましたよ」と言われる。「何のために強く生まれたのか」という価値観を全うした瞬間が、そこに描かれているんです。

そして、今公開中の猗窩座編。煉獄さんを殺したその猗窩座も、鬼として最後首を切られた後、まだ戦おうとするのだけど、亡き恋人の恋雪に後ろから引き止められる。首を切られても「まだだ、まだ俺は強くなれる」と言い続けていたけれど、そこで「何のために強くならなければならないのか」という問いを思い出すわけです。それは、病気の父親のために薬を買って帰らなければならない、だから強くならなければならない、という思いだったんです。

無限列車編と猗窩座編、この二つの作品で同じテーマが続いている。これが非常に大きなポイントなんじゃないかと思います。

「強さ」を社会の再生産のために使うということ

今の社会って「自己実現」とか「成長」とか「スキルアップ」とか、そういう言葉があふれています。でも、何のために?誰のために?その問いが抜け落ちていることが多い気がします。

煉獄さんの母が言う「生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません」という言葉。猗窩座が最期に思い出した「大切な人を守るために強くなければならない」という原点。これらがこれだけ多くの人の心に響くのは、私たちがどこかで、強さの本当の意味を見失っていることを感じているからじゃないでしょうか。

少しだけ自分語りをしますけど(笑)、私自身もアッパーミドルの家庭に生まれて、十分な教育を受けさせてもらい、最終的には博士号を様々な方の支援で取得しました。自分がそこまで頭がいいとは思わないし、才能にあふれているとも正直思わない。だけどそれは相対的な話であって、社会から支援されたという実感はある。であるならば、その支援してくれた社会を再生産するために、社会課題の解決に貢献せねばならないという思いは、やっぱりあります。

アンダークラスみたいな社会階層が固定化され、社会の再生産が危機に瀕している今、たとえ小さかったとしても自分たちの「強さ」をどう使うか、それが問われているんじゃないでしょうか。

もし『鬼滅の刃』が示す価値観—強い者が弱い者を守る、力は人のために使う—に私たちが共鳴するのであれば、アンダークラス問題を見て見ぬふりをするわけにはいかないでしょう。

家が近づいてきました。今日は橋本先生の研究から始まって、鬼滅の刃の価値観、そして私たちの「強さ」の使い方まで、いろいろ考えてみました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

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