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今日のテーマは、中小企業の付加価値創出力が賃金アップにとって重要だけど、それは果たして可能なのかということについて。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ新聞記事から浮かんだことを話してみようと思います。朝日新聞の記事(2025年8月5日)を読んでいて、なんとも言えない気持ちになったんです。最低賃金で働く女性が「コメを1年間買っていない」って言うんですよ。一方で、中小企業の社長は「賃金上げる余地がない」と。これ、どっちも本当なんだろうなって思うと、なんか複雑で。今回は、この「誰も悪くないのに、みんな苦しい」構造について、歩きながら考えてみます。
なぜ小さい会社は儲からないのか ― 身も蓋もない経済の法則
日本の企業の99.7%が中小企業。この数字、すごくないですか?ほぼ全部じゃないですか。
で、記事に出てきた杉並電機っていう会社、従業員30人で精密金型とか作ってるんですけど、なんで賃金上げられないかっていうと、理由はすごくシンプル。「粗利が低いから」。
じゃあ、なんで粗利が低いのか。これがまた身も蓋もない話である可能性が高く、「規模が小さいから」というのがやはりあるだろう、と。
例えば、工場の機械とか、経理システムとか、品質管理の仕組みとか、これって10人の会社でも100人の会社でも、基本的に必要なものは同じじゃないですか。でも、その固定費を売上で割ると、小さい会社ほど比率が高くなっちゃう。
原材料の仕入れもそう。大きい会社は「1000個買うから安くして」って言えるけど、小さい会社が「10個なんですけど…」って言っても、バルクディスカウントは効きにくい。輸送費だって、トラック1台分まとめて運べる会社と、宅配便で送ってもらう会社じゃ、単価が全然違うものになる。
そして、今の時代避けて通れないDX。従業員3人の町工場に「DXで生産性向上を」って言われても、無理ですよね。そもそもIT担当者なんて置けないし、みんな目の前の仕事で手一杯。
これ、経営者の努力とか、従業員の頑張りとか、そういうレベルの話じゃない。物理法則みたいなもので、どうしようもない。

大企業の「買い叩き」も、実は規模の問題
よく「大企業が下請けを買い叩いてるのが悪い」って話を聞きますよね。確かにそういう面もあると思います。
でも、これも結局は規模の問題がありますよね。「他にも同じものを作れる会社はたくさんある」という認識だと、なかなか単価を上げてくれとは言いにくい。買う側もできるだけ安く買いたいから、他の調達オプションを持って「安くしてください」と言ってくる。
一方で、もし地域の同業者が大同連携して、「うちらがまとまって供給止めたら、あなたの工場止まりますよ」って言えるくらいの規模になったら?交渉力、全然違ってきますよね。
つまり、「大企業が悪い」っていうより、「小さすぎて交渉力がない」っていうのがやっぱり本質なんじゃないかと。
規模を大きくすれば、価格交渉だけじゃなくて、新しい技術開発とか、品質向上とか、そういう前向きな提案もできるようになる。「安くしろ」じゃなくて、「こんな価値を提供できます」って言える関係になれる可能性がある。
でも「統合すればいい」なんて、そんな簡単じゃない
ここまで考えると、「じゃあ、さっさと統合すればいいじゃん」って思いますよね。
でも、現実はそう簡単じゃないんだろうとも思います。
まず、物理的な問題。日本の町工場って、住宅地にポツンとあったり、工業団地でもバラバラに点在してたりするじゃないですか。これを統合するって、どこに集約するの?誰の工場を使うの?って話になる。
それに、それぞれの会社には歴史があって、やり方も違う。A社は「うちは50年このやり方でやってきた」、B社は「いや、うちの方が品質いい」って。機械も違えば、得意先も違う、従業員の文化も違う。これを一つにまとめるって、相当大変ですよ。
農業でも同じ問題があって、田んぼが分散してるから大規模化が進まないって言われてますけど、製造業などのその他の産業も似たような構造なんだと思います。

大規模化/選択と集中に対する不信感
心理的な抵抗感もありますね。
みんな、大店法改正後のことは印象深いですよね?商店街がどんどん消えて、気がついたらイオンしかなくなってた。
商店主だった人たちはイオンで働くことになり、「自分の店」から「イオンの一従業員」になった。
今は小さくても「社長」だったり、「うちの会社」って自律性を高く持って働いてる。これは、仕事の満足度や幸福感にとって重要なんです。人間、どうしても「従業員」になると自分の自律性を感じにくくなり、職場での幸福感は下がる。「従業員No.〇〇」っていうのはやっぱり不自由さが伴います。しかも、効率化の名のもとに、いつリストラされるか分からない。
日本の中小企業の経営陣は、統合することによる負の側面がなんとなくわかっているんじゃないかと思います。できるのであれば「今のままがいい」って思っちゃう気持ち、すごく分かります。
まとめ:まとまることで粗利を稼ぐ力をつける
でも、やっぱり現実を見ると、中小企業がまとまっていく方向性は必要なんだと思います。
ただ、それは買収とか完全統合だけじゃない。協同組合みたいな緩やかな連携でもいいし、購買だけ共同でやるとか、営業だけ一緒にやるとか、いろんな形があっていいと思うんです。
大事なのは、何らかの形でまとまることで、まず粗利を稼ぐ力を上げること。つまり、生産性を上げる。そうすれば、賃金も上げられる。
最低賃金1,118円を「払えない」じゃなくて、「それ以上払える」会社になる。働く人も「コメが買えない」じゃなくて、普通に暮らせる賃金をもらえる。
これが基本的な方向性だと思うんです。
もちろん、簡単じゃない。物理的な問題も、歴史の問題も、心理的な恐怖もある。でも、「誰も悪くないのに、みんな苦しい」今の状況を変えるには、やっぱりこの方向で知恵を出し合うしかないんじゃないかと思いますね。
日本なりの「ちょうどいい規模」を見つけていく。それが、これからの課題なのかなって思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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