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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ女性性・男性性(MAS)歩きながら考える
2025.11.13
バリキャリも専業主婦も疲れる – 歩きながら考える vol.167
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、アメリカで専業主婦回帰の動きがあるという件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日も移動時間を使って、ちょっとゆるく話をしようと思います。11月10日の日経新聞の記事を読んでて、「あ、これ面白いな」と思ったんですよね。アメリカで今、「トラッドワイフ」っていう運動が広がってるっていう話なんですけど、これをホフステードの文化理論で読み解くと、ちょっと興味深いな、と。
1950年代スタイルの専業主婦が「復権」?
まず、トラッドワイフって何かっていうと、「トラディショナル・ワイフ(伝統的な妻)」の略なんですね。1950年代に主流だったような専業主婦のライフスタイルを、積極的に選ぶ若い女性たちのことです。
SNSで人気のインフルエンサーたちは、花柄のワンピースを着て、手作りのパンを焼いて、夫の帰りを待つ。「女性として最も大切なことは、常に妻であり母親であること」って発信してるみたいですね。記事によると、代表格のエスティ・ウィリアムズさんは、料理に1日5時間、掃除に2時間かけて、夫が翌朝着る服まで用意するそうです。
リーンインで疲れ果てて、トラッドワイフへ
記事の解釈だと、これは「バリキャリ」志向からの反動ではないか、と。
10年くらい前、2013年にシェリル・サンドバーグが『リーン・イン』っていう本を出しました。彼女、フェイスブックのCOOだった人なんですけど、「男性中心の企業文化の中でも、臆せず一歩前に踏み出せば(lean in)、女性でも出世できる」って説いたんですね。
これに代表されるような、「キャリアも育児も家庭もプライベートも、全部追求しよう!」っていう価値観がちょっと前にはあった、と。でも、「仕事も家事も子育ても全部一人でこなそうとした結果、燃え尽き、疲弊してしまった」ケースが多発したと。つまり、バーンアウトしちゃったんですね。
で、疲れ果てた女性たちが、「もう無理。家庭に入ろう」ってトラッドワイフに流れる。一見、これって正反対の動きに見えるじゃないですか。リーンインは「バリバリ働こう」で、トラッドワイフは「家庭に入ろう」なんで。
だけど、ここからが面白いんですけど、実はこの2つ、根っこは同じなんじゃないかって思うんです。

ホフステードで見えてくる:結局どっちも「男性性」
ここで参照したいのが、オランダの社会心理学者ヘールト・ホフステードの文化次元理論です。ホフステードは、国の文化を分析する次元の一つとして「男性性」と「女性性」という軸を提示しました。
「男性性」が高い文化っていうのは、成功とか達成とか競争を重視する。男女の役割分担がはっきりしてて、「男は仕事、女は家庭」みたいな考え方が自然と思われる。一方、「女性性」が高い文化は、生活の質とか人間関係とか協力を重視して、男女の役割はあんまり区別しないのが自然。
で、アメリカって実は男性性がかなり高い国なんですよ。日本も高いんですけど、かなり高い。
ここで考えてみると、リーンインって何を言ってたかっていうと、「挑戦的な目標を掲げて、力強く努力して、成功を勝ち取れ」ってことですよね。これ、バリバリの「男性性」の価値観に見えますよね。競争して、勝ち取って、達成する。
一方、トラッドワイフはどうか。これも実は「男性性」にみえませんか?「女性は女性らしく家庭を守るべき」っていう、性別役割の明確な区別。これもホフステードの言う男性性の特徴です。
つまり、リーンインもトラッドワイフも、両方とも「男性性」の価値観の中での表れなんです。振り子が左右に揺れてるだけで、軸自体は変わってない。表面的には真逆のことやってるように見えて、実は同じ土俵の上の話に見えるわけです。
しかも、なんか無限ループになってる気がしませんか?トラッドワイフになると、今度は自分の自律性が制約される。自分の収入がないから、経済的な自由も失う。アメリカって個人の選択の自由をすごく大事にする文化じゃないですか。だから、「やっぱり自分で稼いで自由に選択できる方がいい」って、またリーンインに戻っていく。で、バーンアウトして、またトラッドワイフに…っていう。
ぐるぐる回ってるだけで、本質的には何も変わってないんじゃないかなって思うんです。

オランダに見る第三の道:0.75 + 0.75 = 1.5
じゃあ、本質的に価値観が変わるってどういうことか。それが「女性性」の価値観への転換だと思うんですね。
例えばオランダみたいな働き方・キャリア観。オランダは、ホフステードの研究で女性性がとても高い国として知られてます。北欧諸国同様、女性性が高い地域として知られています。
オランダって、パートタイム労働がめちゃくちゃ普及してるんです。でもこれ、日本で言う「非正規のパート」じゃなくて、正規雇用で労働時間が短いという制度。週35時間未満働く人をパートタイムって呼んでて、待遇は時間当たりでフルタイムと変わるわけではない。
で、これが重要だと思うんですけど、例えば夫婦がそれぞれ週75パーセントずつ働く。0.75 + 0.75 = 1.5ですよね。2人でフルタイム1.5人分の収入がある。でも、2人とも時間に余裕がある。だから、協力して子育てをして、地域活動にも参加できる。
これって、「競争して成功を勝ち取る」んじゃなくて、「協力して生活の質を高める」っていう発想ですよね。性別役割も明確じゃない。男も女も同じように働いて、同じように子育てする。
これは「女性性」の価値観に見えるわけです。

Z世代に見える変化の兆し
アメリカは男性性の高さがあるので、リーンインとトラッドワイフの間を行ったり来たりし続けるのかもしれない。ただ、ちょっと変化の可能性も感じるんですよね。
アメリカの若い世代、特にZ世代を見てると、なんか従来のアメリカ的価値観とは違う感じがするんです。気候変動や環境保全にすごく関心が高いし、社会正義とか人種問題にも積極的に取り組もうとしてる。
バーニー・サンダースとかアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(AOC)みたいな、従来の民主党とも違う、もっと社会民主主義的な政治家への支持も厚いですね。これって、「個人の成功」よりも「社会全体の幸福」を重視する、女性性的な価値観の表れなんじゃないかって気がするんです。
だから、もうちょっと時代が進むと、振り子の振れ幅が変わるんじゃなくて、振り子そのものが変わる。そういう変化が、もしかしたらこれから起こるかもしれないと思います。
まとめ
というわけで、今日はアメリカのトラッドワイフ運動から始まって、ホフステードの文化理論、オランダの働き方、Z世代の価値観まで、ちょっと大きな話になりました。
トラッドワイフもリーンインも、一見違うように見えて、実は同じ「男性性」の価値観の中での選択。本当に変わるとしたら、それは「女性性」の価値観への転換なんじゃないか。オランダみたいな、協力して生活の質を高める社会。そういう方向性もあるんじゃないかって思います。
みなさんはどう思いますか?最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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