YASUSHI WATANABE.COM

日本語 ENGLISH

Blog

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える

2025.10.30

「株を持つ」ことの意味:仕事の意味感はどこから生まれるのか – 歩きながら考える vol.158

渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)

今日のテーマは、仕事の意味感やモチベーション、エンゲージメントを高めようと思ったら、どうしたって株(=所有)の話が出てくる件について。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。

こんにちは。今日は駅に向かって歩きながら、仕事の意味について考えたことを話してみたいと思います。きっかけは、2025年10月23日の日経新聞に載った「人生における『仕事の重要度』、低い日本 賃上げ持続に暗雲」という記事。読んでいて、久々に強烈な違和感を感じたんですよね。

記事では、賃上げを持続させるには生産性向上が必要で、「それには働き手自身が仕事への意欲や熱意を持つことも求められる」とのこと。でも、ちょっと待ってください。仕事への意味感が低いのを、働く人の態度の問題にしてしまっていいんでしょうか?

もちろん、仕事への意欲や熱意にや意味に関わる要因はいろいろあります。職場の人間関係、仕事内容のやりがい、キャリアの見通し、報酬の水準など、複雑に絡み合っていると思います。

でも、僕はその中でも、やっぱり「所有」の問題を語らずにこの話は語れないんじゃないかと思っているんです。

小作人が土を耕す理由

ちょっと昔の話を想像してみてください。

ある農民が、地主から畑を借りて小作人として働いているとします。この人が、丹念に何年もかけて土壌改良をして、とても収穫量の多い豊かな畑を作り上げたとしましょう。確かに、その年の収穫は増えるわけですから、地代を払ったとしても手元に残る収入は増えるかもしれません。

でも、ある日、地主から「ちょっと事情があって、家族でやることにしたから」と言われたら? その小作人は、自分が何年もかけて豊かにした土地が、これから先、毎年生み出すはずの果実を、一切受け取れなくなってしまいます。

この小作人に、「もっと意欲と熱意を持って土壌改良してください」と言えるでしょうか? 構造的に、長期的な投資をするインセンティブが働かないと思いませんか?

自分の土地だったら違います。今年だけでなく、来年も、10年後も、その豊かな土地が生み出す果実を享受できる。子どももその恩恵にあずかるでしょう。だからこそ、長期的な視点で土地を改良しようという気持ちになる。

これが「所有」の力です。

会社で働くということの構造

実は、会社で働くということも、基本的に同じ構造なんです。

どんなに頑張って働いて、その事業を大きくしたとしても、株主でなければ、継続的にその利益を得ることはできません。その場限りの給料と、良くて単年度のボーナスが増えるくらい。自分が大きくした事業は、その後永続的に富を生み出していく装置になるわけですが、単なる従業員である以上、会社のオーナーではないわけだから、将来の果実を得ることはできません。

株主であれば違います。会社が成長すれば、配当として、あるいは株価の上昇として、継続的に利益を享受できる。だからこそ、会社を大きくすること、事業を成長させることに、本質的なインセンティブが働くんです。

昔の日本は、終身雇用が前提だったから、会社を大きくすれば新しいポジションができて、自分の昇進のチャンスが増えたのかもしれません。それが経済的な見返りとして返ってくる仕組みがあったのでしょう。だから、株なんて持っていなくても、会社の成長にコミットする理由があったのかもしれない。

でも、今はそういう感じじゃない会社がほとんどですよね。いつ配置転換されるかわからない、もしくは自分もいつまで勤めるのかわからない。そんな状況で、「会社のために最大限のモチベーションとエンゲージメントを持って働け」と言われても、構造的に無理があるんじゃないでしょうか。

だから、仕事の意味とか、動機づけとか、エンゲージメントとか、そういう話を「所有」と切り離して議論しても、限定的な答えしか出てこないと思うんです。

個人と企業、それぞれができること

じゃあ、どうすればいいのか。

個人としては、なるべく株を持たせてもらえる会社を選ぶということになると思います。ストックオプションや従業員持株会、譲渡制限付株式など、いろいろな形があります。特にスタートアップでは、こうした株式報酬を戦略的に活用しているところが多いと思います。

企業側も、本当に従業員の潜在力や熱意を引き出したいのであれば、報酬の出し方に株を絡めていくことを考える必要があると思います。

全従業員に株式報酬を付与するのは難しいかもしれません。でも、例えば各事業部を持ち株会社化してその株を別途計算するとか、実際の株式ではなく株価に連動した金銭を支給するファントムストックという方法もあります。コアメンバーに対しては、積極的に株式報酬を適用していくということが考えられます。

「シェアド・キャピタリズム」という言葉があります。資本を株主だけでなく、従業員とも共有していくという考え方です。この文脈の中で、特に株式報酬に関わる制度をどう設計していくか。それが、これからの日本企業の大きなテーマになるんじゃないかと思います。

まとめ:所有の問題を語らずに

というわけで、今日は仕事の意味について、「所有」という視点から考えてみました。

繰り返しになりますが、仕事への意欲や熱意に影響する要因は、たくさんあります。人間関係も大事だし、仕事内容そのものの面白さも大事。でも、その中でも、やっぱり「所有」の問題は避けて通れないと思うんです。

小作人の例えで言ったように、どんなに一生懸命働いても、それが生み出す継続的な果実を享受できないのであれば、最大限頑張ろうという気にはなりにくいと思います。これは人間として当然の反応だと思います。

だから、「働き手の意欲や熱意」を求める前に、まず構造を見直すこと。個人としては株を持てる会社を選ぶこと、企業としては株式報酬の仕組みを真剣に検討すること。そこも含めて考えないと、本質的な解決にはならないんじゃないでしょうか。

もし、この記事を読んで「うちの会社でも株式報酬を検討してみたい」とか「自分も株を持てる会社を探してみようかな」と思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いましょう!

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら

プロフィール詳細

関連ブログ Related Blog

株式を持つということ、働くということ:職場の幸福感とRSU導入の可能性 – 歩きながら考える vol.93

6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ個人主義(IDV)女性性・男性性(MAS)歩きながら考える

2025.7.28

株式を持つということ、働くということ:職場の幸福感とRSU導入の可能性 – 歩きながら考える vol.93

今回は、社員への報酬制度に株を使う試み(例:RSU)が広がってきた件に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知... more

昭和と令和で変わらない事(上)|ほうれんそう運動に見る日本文化

組織文化の作り方

2020.5.22

昭和と令和で変わらない事(上)|ほうれんそう運動に見る日本文化

30年位前の経営論を読むと発見がある サービス業において、企業の付加価値は、その創出を担う人材と組織の質に依存してきます。その為、経営層にとっては、どのように優秀な人材を確保し、トレーニングし、個が上手く協働する組織を作... more

昭和と令和で変わらない事(下)|ほうれんそう運動に見る日本文化

異文化に対応する組織文化の作り方

2020.6.10

昭和と令和で変わらない事(下)|ほうれんそう運動に見る日本文化

日本文化とは何なのか? 外国人に「日本文化ってどんな文化ですか?」と聞かれたとしたら、どのように説明するでしょうか? ある集団における、人々の考え方や振る舞いが、繰り返し繰り返し同じパターンを見せることが良くあります。日... more