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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.10.17
「大学院5年一貫制度」で専門人材は増えるのか?- 歩きながら考える vol.149
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、文系の大学院を5年一貫にするという話の有効性について。政治の話じゃないですが。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、ちょっと気になったニュースについて話してみようと思います。10月8日の日経新聞で、「学部・修士5年一貫」拡大、文科省が制度改正へという記事を見かけたんですよね。
簡単に言うと、通常6年かかる学士(4年)と修士(2年)を5年で修了できるようにして、特に文系学生の大学院進学を促したいという内容です。背景には、日本の修士号取得者の少なさがあって、人口100万人あたりの修士号取得者数は579人で英国やドイツなどを下回っています。文科省は「高い専門性を身につけ、国際的に活躍できる人材を増やしたい」としています。
この目的自体、つまり専門性を持った人材をより輩出できる体制を作るということには、僕も賛成なんですよね。
ただ問題は、それをどう実現するかという構造の捉え方なんだと思うんです。歩きながら、この点について考えてみようと思います。
まず問うべきは「どこで専門人材が育っているのか?」という全体像
専門性を持った人材を育成する体制を考えるとき、まず必要なのは全体像の把握だと思うんです。
今はどこで専門的な人材が育っていて、それをどういう状態にしたいのか。この見取り図を描くことが出発点じゃないでしょうか。
その全体像で言うと、日本の大学などの教育機関はもちろん重要です。でも同時に、民間企業もあるし、海外の教育機関もある。これまでどこで専門人材が育ってきたのか、そしてこれから国内の教育機関がどういう役割を担うべきなのか。まずはここを整理する必要があると思うんですよね。
そう考えると、課程が5年なのか6年なのかは、全体から見ればそこまで中心的な論点じゃない気がするんです。もちろん、文科省は他にも様々な施策を打っているんでしょうけど、年数変更というのは全体像の中の一部分に過ぎないんじゃないかと。

日本の専門教育は「民間」でも行われてきた
ここで押さえておきたいのが、日本における専門教育の実態です。
日本では、特に応用研究なんかは民間の中でOJTとして進んできた面が大きいですよね。現場の問題意識に即して突き詰めていくことも、民間で十分できる。
ただ、民間だとどうしても収益性や応用という観点から離れるのは難しい。で、そこで働く中で、もっと本質的な学問的追求がしたくなったとか、「これは体系的に学び直さないと本当の理解に到達できない」という明確な目的意識が生まれたとき。そのタイミングで、例えば数年間大学院に戻って学び直せる。そういう選択肢があることが、実は効果的なんじゃないかと思うんです。
つまり、民間とアカデミアの間を往復しやすくする。この流動性を高めることが、専門人材の育成には重要なんじゃないでしょうか。
Jリーグをメタファーとして考えると見えてくるもの
もう一つ重要なのが、グローバルな視点です。で、ここでJリーグの話をしたいんですよね。これをメタファーとして考えると、いろいろ見えてくることがあると常々思っているんです。
日本のサッカー界は、「どうやってワールドカップレベルに到達するか」という問いから始まりました。
そのためには国内リーグのレベルアップが不可欠。でも同時に、国内リーグを強くするには、海外リーグとの人の行き来が絶対的に重要だと考えてやっていたんだと思うんです。
最初は海外の有名選手を招くところから始まったんですけど、次第に日本の若手を海外リーグに送り出すことに舵を切っていった。三浦知良選手や中田英寿選手がイタリアに行ったころは、本当に数名の話でした。でも今では、数百人単位で日本人選手が海外リーグでプレーしている。
その結果、どうなったか。海外でそのままキャリアを終える選手もいる一方で、海外で経験を積んでからJリーグに戻ってくる選手も結構いる。そうすると国内リーグのレベルが上がって、若手の刺激になり、さらに多くの若手が海外を目指す。この先は海外で指導者になって帰ってくる人も増えるでしょう。
これって、大学教育でも同じことが言えるんじゃないでしょうか。
将来、大学で教鞭を取ったり研究者になったりする人材を、若いうちに国費で海外のトップクラスの大学や研究機関に送る。そこでキャリアを積んでそこで大成する人も居るでしょう。同時に、将来的に日本に戻って教育に携わるという人も一定数いると思います。こういう往復が自然に起こるようなインセンティブ(つまり、国内教育機関での好待遇)を設計して、そこに投資する。
そうすれば、国内の大学の研究レベルは上がり、「それなら大学院に進学したい」と思う学生も増えるんじゃないでしょうか。修士課程を1年短くするより、よっぽど専門人材の育成に繋がる気がするんですよね。

必要なのは「人材の流れ」全体をデザインする視点
というわけで、今日は5年一貫制度の話から、専門人材の育成について考えてみました。
僕が言いたいのは、制度の細部をいじるのではなく、「人材の流れ」全体をデザインする視点が必要だということです。
民間企業、海外の教育機関、国内の大学。この三者を俯瞰して、どことどこをつなぎ、どう人材を流動させれば、経験を積み、学び、教えるプロセスがうまく回るのか。その見取り図を描いた上で、専門的な人材が育ち、配置される体制を作っていく。
Jリーグが30年かけて示したように、「海外がトップリーグであることを認めた上で、そことの人の往復で国内を底上げする」。この発想が、教育にも必要なんじゃないかと思います。閉じた国内システムをいじるのではなく、開かれたグローバルな人材循環という視点ですね。
アジアなんか見ていると、各国がやっているのも、多分そういうことなんじゃないでしょうか。
もしこの記事を読んで「うちの業界も同じだな」とか「こんな仕組みがあればいいのに」って思った方がいたら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。みんなで知恵を出し合って、少しずつでも変えていけたらいいなと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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