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6次元モデル(異文化を理解するフレームワーク)ブログ歩きながら考える
2025.10.7
「簡単に引っ越せる高齢者」を見て考えた、30~40代のライフスタイル選択 – 歩きながら考える vol.142
渡邉 寧 | 京都大学博士(人間・環境学)
今日のテーマは、高齢者が都心回帰していることから考える次世代のライフスタイル選択に関して。このシリーズでは、筆者が街を歩きながら、日々の気付きや研究テーマについてのアイデアを語っていきます。ふとしたタイミングで浮かんだアイデアや、知的好奇心をくすぐる話題をラジオ感覚で平日(月~金)毎日お届けしています。
こんにちは。今日は移動時間を使って、最近読んだ新聞記事から考えたことを話してみたいと思います。テーマは東京の人口増加と高齢者の都心回帰。一見すると統計データの話なんですけど、掘り下げていくと、戦後日本の働き方が生み出した構造的な問題が浮かび上がってきて、ちょっと考え込んでしまいました。歩きながら、ゆるく話してみます。
「増加分の9割が高齢者」が意味すること
きっかけは、2025年9月30日の日経新聞の記事でした。「東京都の人口増は高齢者が9割、30年で2.6倍 介護人材は奪い合い」というタイトル。1990年から2020年までの30年間で東京都の人口は約220万人増えたんですが、その増加分の9割が高齢者だったそうです。
最初この数字を見たとき、「え、流入の9割が高齢者ってこと?」とちょっとびっくりしたんですが、詳細は記事にも明記されてないんですけど、おそらくこういうメカニズムなんじゃないかと思うんですよね。
若年層は東京への流入も多いんだけど、流出も多い。結婚や出産で家族が増えれば広い住まいが必要になるし、持ち家を考えると地価の安い郊外の方がいいですよね。つまり、流入と流出を差し引いた純増分はそれほど大きくない。
一方で高齢者は、都内への流入はあっても流出が少ない。この非対称性が積み重なって、「増加分の9割が高齢者」っていう数字になってるんじゃないかなと思います。
なぜこうした世代による移動パターンの違いが生まれるのか。記事によると、子育て世代は他県に転出する傾向がある一方で、介護が必要な年齢になると都内志向が強まるそうです。理由は医療施設へのアクセスと、都市部ならではの利便性ですね。
住む場所を決める「決め手」って、ライフステージで変わるじゃないですか。子育て世代なら「どこの小学校の学区か」。京都で言えば御所南小学校みたいに、人気校の学区はマンション広告でもアピールポイントになりますよね。一方、高齢者にとっては「○○病院まで徒歩○分」「バスで10分」っていう医療アクセスが最優先事項になる。この価値観の変化が、人口移動の構造を作り出してるんだと思います。

都心に集まるのは誰か――見えてくる三層構造
じゃあ、この流れが続くと都心はどうなるのか。「都心に住むのは誰か」を考えると、なかなか興味深い構図が見えてくるんですよね。
まず、医療や利便性を求めて都心に回帰する高齢者。次に、高いコストを負担できる若年富裕層。そして、高齢者介護を担う人材です。
実は都心部では既に介護人材が不足してて、東京都は介護・医療従事者に対して住宅補助などの手当を政策的に提供しているとのこと。でも、こうした補助の上乗せが皮肉な結果を生んでるみたいですね。相対的な賃金格差で、近隣県の介護職が東京に流れちゃう。そうすると周辺地域の医療・介護サービスの質が下がって、さらに高齢者の都心志向を強めるっていう悪循環です。
ただ、医療や介護には保険制度によるキャップがあるんで、賃金を大幅に引き上げるのは難しい。そこで、母国より安全で安心な暮らしを求める外国人労働者が、エッセンシャルワークの担い手として入ってくることになります。
結果として見えてくるのは、高齢者、若年富裕層、外国人労働者が都心に集まって、一般的な家庭は郊外に住むっていう人口分布。経済力による居住地の選別が、かなりはっきりした形で進んでいきそうな気がします。
都心回帰は幸福をもたらすのか
ここで気になるのは、「この都心回帰って、本当に高齢者を幸せにするのかな」ってことなんですよね。
幸福を左右する要因で大きいのは、収入・貯蓄・住環境っていう生活の基盤です。それに加えて重要なのが、ソーシャルネットワーク、つまり人と人とのつながり、信頼関係といったソーシャルキャピタルです。
都心回帰を、この2つの視点から見てみましょう。
まず経済面。「医療のことを考えると都心の方が安心かな」っていう消極的な理由で移住した高齢者の場合、経済的負担は決して小さくないと思うんですよ。貯蓄を取り崩しながら、年金っていう限られた収入で東京の高い生活コストに向き合わなきゃいけない。資産がある富裕層なら問題ないでしょうけど、そうでない層にとっては、この選択が不安感を上げ幸福度を下げる要因になっちゃう可能性がありますよね。

流動性の高さが映し出す、つながりの不在
さらに本質的なのは、ソーシャルキャピタルの問題です。
高齢になってから住む場所を変えられるっていうこと。一見すると「自由で柔軟」に思えるんですけど、実は逆の意味を持ってるんじゃないかなと思うんです。
流動性が高いっていうのは、失うものがないってこと。つまり、地域のソーシャルキャピタルが最初から存在しないってことなんじゃないでしょうか。
地域に根差した人間関係、近所付き合い、行きつけの場所や店、そういった日常のつながりがあれば、簡単には引っ越せないじゃないですか。長年築いてきた関係性を手放すことになるから。でも、そうしたネットワークが薄ければ、「より便利な場所へ」って移ることに躊躇はない。
これって、団塊の世代特有のライフパターンが生み出した結果なんだと思います。戦後の高度成長期、長期雇用を前提とした会社中心の働き方の中で、彼らは職場の人間関係は築いたけど、地域のネットワークはほとんど作らなかった。住むことに特化した新興住宅地やマンションなんかで核家族で暮らして、企業は地域に根を下ろしてるわけじゃないから、地縁は希薄なまま。そして定年を迎えれば、会社のネットワークも失う。
地縁もない、社縁もない。だから、高齢になって医療の必要性が高まったとき、簡単に都心へ移れてしまう。でも、それって本当に幸福なんでしょうかね。
団塊ジュニア以降が直面する、より厳しい現実
で、ここで考えなきゃいけないのは、次の世代のことなんですよね。
団塊の世代は、高度成長期っていう経済的に恵まれた時代を過ごしました。ソーシャルキャピタルが薄くても、経済的な基盤があればある程度はカバーできた面もあるんじゃないかと思います。
でも、団塊ジュニア以降の世代は状況が違う。就職氷河期を経験して、非正規雇用が増えて、年金給付額も減っていく。同じように会社中心、地域ネットワーク希薄っていう働き方をしてきたのに、経済的にははるかに厳しい環境に置かれてるわけです。
このまま同じパターンを続けたらどうなるか。まず、一旦郊外に出た後、コストの高い都心に戻るっていう選択肢そのものが難しくなりますよね。無理に都心に移ったとしても、経済的負担で幸福度は下がる。そしてソーシャルキャピタルが薄ければ、人とのつながりから得られる幸福も期待できない。
つまり、団塊の世代が経験した以上の困難が待ってるってことです。
だからこそ、団塊ジュニア以降の世代は、団塊の世代とは違う選択をする必要があるんじゃないでしょうか。上の世代のやり方を反面教師として、会社だけに依存しない、地域に根差したつながりを意識的に築いていく。定年後も続いていくような、共有された目的を持ったネットワークを、今から作っていく。そういう生き方を真剣に考える時期に来てるのかもしれません。

まとめ:構造を知り、違う道を選ぶ
というわけで、今日は東京の人口統計から始まって、戦後日本の働き方が生み出した構造的な課題について考えてみました。
これは単なる個人の選択の問題じゃなくて、社会全体の構造の問題なんですよね。だからこそ、一人ひとりが意識的に行動を変えていく必要があるし、企業や政策のレベルでも働き方や地域との関わり方を見直していく必要があると思います。
もし、この記事を読んで「自分の働き方や人間関係、このままでいいのかな」って感じた方がいたら、ぜひSNSでシェアして、コメントで教えてください。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。また次回の「歩きながら考える」でお会いしましょう!
著者プロフィール
渡邉 寧YASUSHI WATANABE
慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立。2025年に京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は文化心理学、組織行動。最近の研究テーマはAIの社会実装 × 職場の幸福感 × 文化の違い。 経歴と研究実績はこちら。
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