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コンピテンシーと効果的なOJT組織デザインを考える

2019.4.16

「考えろ!」だけでは人と組織は成長しない

渡邉 寧 | 株式会社かえる 代表取締役

自分の頭で考えない社員

組織変革や組織デザインの仕事をしていると、「自分の頭で考えない社員が多いんですよ」というコメントを聞くことがしばしばあります。

指示待ちで、言われたことしかやらない。しかも、言われたことの意味を考えないでいきなり手を動かし始めるので、状況に合わせた適切な仕事にならない。

君がやってるのは「仕事」じゃなくて、単なる「作業」というんだよ?もっとちゃんと考えてやってくれよ」という、ため息交じりの諦めのコメントを部下に向かって発している光景を目撃することもあります。

「野球型」から「フットボール型」の組織デザインへ

ラグビー日本代表主将として活躍された平尾誠二さんはかつて、あらゆる組織が「野球型」から「フットボール型」に移行せざるを得ないと言ってしました。(出典「人は誰もがリーダーである」)

先日、イチローが引退記者会見で「野球が考えなくても良いスポーツになってきている」と言っていました。野村監督の著作などを読むと、野球も選手が考えてプレーしないと勝てないスポーツだと感じますが、相対的な傾向としては、確かにフットボールの方が野球よりもフィールドの選手が主体的に考えなければならない度合いは高いと感じます。

不確実性が高く変化が速いビジネス環境では、現場で一人一人が自分の頭で考えて物事を進めていくことが必要で、そのことを指して平尾さんは「フットボール型に移行せざるを得ない」と言っていました。

個人が自律的に考えて行動することの重要性が増す昨今の状況において、それでも自分の頭で考えないメンバーを目の前にすると、上司としてため息交じりの「自分で考えろ!」というコメントを発してしまうのかもしれません。

「考えろ!」ではなく「観察して!」

ところで、フットボール型の組織とはもう少し具体的にはどのような組織デザインで作られた組織なのでしょうか?

平尾さんの言葉を借りると「上からの命令を正確に行えればいいというのではなく、組織を構成する個人個人が状況を把握し、自分で考え、正しく行動できる」組織ということになります。(出典「人は誰しもリーダーである」)

ここで、平尾さんは個々人が行うことは3つあると言っています。すなわち、①状況を把握する・②自分で考える・③正しく行動する、の3つです。私はこの中で「①状況を把握する」ということがとても大切だと思っています。なぜなら、正しく状況を把握できなければ、そもそも正しく考えることは出来ず、正しく行動することも出来ないからです。

ここから考えると、OJTの現場等の組織の中でしばしば聞く、「もっと考えて!」という指導はあまり適切ではないと感じます。考えるためには適切な状況把握をしていることが必要なので、経験者は初学者に対して「考えろ!」ではなく「観察して!」と言うべきです。更に、「観察して!」と漠然と言われても何を観察すれば良いのかわからないので、観察、すなわち「知覚」の仕方を丁寧に支援することが初学者に対する経験者の適切な関わりということになります。

この知覚の仕方に対する適切な支援は極めて重要です。例えばビジネスコーチングに強い影響を与えたW・T・ガルウェイは元々はテニスコーチをする中で「ボールをよく見て!」という指示がほとんど意味を持たないのに対して、「ボールの縫い目はどちらに回転してる?」と聞くことで生徒のプレーの質が劇的に上がることに気付きました。

サッカーだとルックアップというキーワードで状況把握の重要性を繰り返し繰り返し教えられます。ルックアップした時に何に気付くべきなのか。それに対して自分の今の現状認識はどうだったのか。指導者が内省を促すフィードバックをすることで、プレーヤーの知覚能力が向上していきます。

企業組織における知覚能力の磨き方

企業組織を見ていると、まれに極めて高い知覚能力を持つ人を見ることがあります。特に、秘書の方やバックオフィススタッフの方に見ることが多いように思いますが、前線で働いているメンバーの状況を的確に把握し「こういうことになりそうだな・・・」という予想をもってバックアップ策を用意する。チームの中でそんな気の利いた働き方をする方がいらっしゃいます。

人間誰しも目の前に仕事があると、そこに意識が集中します。特に初学者の頃は適切に状況を観察しろと言われてもそんなことは中々出来ることではありません。

しかし、適切な状況認識は主体的に動くための第一歩であり、この能力が適切に開発されないと適切に考え・行動することは出来ません。よって、初学者が前線で目の前の仕事に集中している時は、経験者が後ろから全体を観察している必要があります。そして、その場で初学者に対してフィードバックをしていく必要があります。

ここで経験者がすべきことは、初学者に対するダメ出しではありません。そうではなくて、初学者が知覚したことを言語化させるべきです。言語化することによって、初学者が何を知覚し何に気付いたのかが明確になります。そして、その知覚内容と経験者自身のそれとを比較します。ある状況において経験を積んでいくと何を知覚するようになるのか。その状態と現状の自分の知覚にはどのような差があるのか。そのことに対する内省を促すのが経験者の役割です。

何度も何度も「ルックアップ」して、少しづつ気付ける範囲を広げていく。そのトレーニングを一人一人に対して行うことで企業組織における知覚能力は磨かれていきます。

知覚能力の向上が組織変革のカギ

エンゲストロームは拡張学習(expansive learning)という概念の中で、集団活動システムの中で経験される矛盾や不満が、システムの劇的な変革の可能性に繋がると考えました。

最近、サッカーの記事を見ていて面白いな、と思ったのですが、J1の湘南ベルマーレが2018年シーズン降格の危機に陥った時、MF梅崎司とGK秋元陽太がロッカールームで大ゲンカ(実は秋元が意図的に仕組んだもの)をし、そこからチーム内での本音の対話が始まり、チームとして一気に浮揚したそうです。(「湘南の運命の分かれ道。秋元陽太の罵声に、梅崎司がキレた日」2019.2.13 Soirtiva)

サッカーは、ボールの展開が非常に速く、またそもそも人間の目は顔の前方にしかついていないので、フィールドの中で1人のプレーヤーが知覚出来ることには限りがあります。しかし、チームとしてはフィールドに11人のプレーヤーが居り、またベンチには監督・コーチや控えの選手も居る。チームというシステムとしては多くのことを知覚しています。

だから、チームとしての知覚を統合し、その上でチームとして効果的に動くにはどうすれば良いのかを、率直かつ具体的に全員が対話することで、システムとしての機能が向上していきます。

ベルマーレのケンカからの対話の逸話は集団活動システム内における矛盾や違和感をシステムの中のメンバーが主体的に知覚し、その対話を通じてチームというシステム自体を変革している事例です。これはまさに、エンゲストロームが言う拡張学習のまさに実例に見えます。

組織として強い」という状況を作り出すためには、まず個々人が適切な知覚を行うようにトレーニングしていく必要があります。そのうえで、個々人の知覚を統合してシステムとしての知覚を作り上げ、その知覚をベースとして個々人が考え・行動する仕組みを作り出す。それは対話の機会であったりするわけだけれど、そうした対話が機能するためには、まず個々人が適切な知覚が出来ている必要がある。

こうしたことを考えると、個人の知覚向上への組織的な支援は、組織として強い状況を作り出すための最初の一歩なのだと思います。企業ではOJT等でこうした知覚能力開発支援が行われているはずだけれど、その方法論が組織内で明確に固まっていないことが多いと感じます。この知覚能力の向上こそが組織能力向上において一番最初にメスを入れるべき所と感じます。

著者プロフィール

渡邉 寧YASUSHI WATANABE

慶応義塾大学文学部/政策・メディア研究科卒業後、ソニー株式会社に入社。7年に渡りマーケティングに従事。約3年の英国赴任を経てボストン・コンサルティング・グループに入社。メーカー、公共サービス、金融など、幅広い業界のプロジェクトに4年間従事。2014年に独立し、現在は「人と組織が変わること」に焦点を絞ったコンサルティングに取り組んでいる。プライベートではアシュタンガヨガに取り組み、ヨガインストラクターでもある。 株式会社かえる 代表取締役

プロフィール詳細

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